早河シリーズ序章【白昼夢】
【 Dearest 】

prologue.Gray

 何をしているんだろう
 何処にいるんだろう
 何をしたんだろう

灰色に続く道をあてもなく走る。

街も人もすべての景色が灰色に見えた。
世界が色を失ってしまったみたいだ。

なぜみんな笑っている?
なぜそんなに楽しそうなんだ?
なにが楽しいんだ?
……いや。おかしいのは俺か。
なぜ俺は笑えない?

 封印した記憶が甦る。消せない事実がそこにはあった。
“ソレ”は車の後部座席の下。ソレを見れば嫌でも現実に引き戻される。

 どうするべきか頭と体はわかっている。その証拠にさっきからあてもなく車を走らせているようで結局同じ場所に辿り着く。

でもいざそこへ行こうと思うと足が震えて動けない。
俺は情けない男だ。

 冷たくなった缶コーヒーを飲んで溜息をつき、車窓から外を眺める。空の青さもいちょう並木の黄色も俺の目には灰色に映る。太陽の暖かさを感じることもできず凍えるように寒い。

 車の横をひとりの女性が通り過ぎた。青みがかったグレーのコートを着たその女性は左手で腹部をさすりながら軽快な足取りでいちょう並木を歩いていく。

俺はその人を見て息を呑んだ。
あれから何年も経っているのだから確証はなかった。だけど一瞬見えた面影は、あれはもしかしたら……。

 急いで車を降りて“彼女”の名を呼んだ。振り向いた彼女は驚いた顔を見せた後に昔と変わらない天使のような優しい笑顔で俺に微笑みかけた。
胸の奥が熱くなった瞬間に俺はすべての色を取り戻す。

 何もかもから解放された気分だった。自分が何をしたのかも、どうして此処にいるのかもすべて忘れて目の前の彼女とずっと一緒にいたい……

 いつの間にか空の青もいちょう並木の黄色も太陽の暖かさも色彩や温度をすべて感じとることができていた。
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