早河シリーズ序章【白昼夢】
 美月は隼人をやり過ごして黙々とカトラリーのセットを進める。彼に構っているほど暇ではない。

『気になるんだろ? なら、俺と付き合わない?』
「お断りします」
『どうして? 美月ちゃん俺のこと何も知らないじゃん』
「あかりちゃんからは二十股かけてたって聞きましたし、何人も彼女がいるって聞いています。あなたのことを知るにはそれだけで充分です」

くるりと向きを変えた美月はまた隼人を睨んだ。彼女がいくら鬼の形相で睨んでも隼人には猫が逆毛を立てて威嚇しているようにしか思えない。

『何人も彼女がいるのがそんなにいけない?』
「いけない……とかじゃないですけど、私はそういう人は好きじゃないです。あと、そこ退いてください。木村さん達のご飯の準備で私は忙しいんです!」

 スタッフが宿泊客に向ける発言ではないと承知の上で、美月の隼人に対する態度は厳しかった。
一夫多妻をやりたいなら日本から出なさいよ! と思った心の声はさすがに飲み込んだが。

『意外と気が強いな。ますます気に入った』

隼人がダイニングの時計に目をやる。夕食の午後6時まであと数分だ。
階段を降りる何人かの足音が聞こえる。
睨みを効かせる美月の頭をペットでも撫でるような手つきで撫で、隼人は自分の名前が書かれた札の席に腰を下ろした。間もなく夕食が始まる。

 学生達は夕食時に初めて日本ミステリー界の帝王と呼ばれる間宮誠治と対面した。
数々の本格ミステリーを生み出し、陰惨な作風も多い間宮は自身の書く小説の雰囲気とは対照的な穏和で紳士な男だった。

 明日に始まる推理討論会を控えて、間宮は学生達に好きな作家や作風、近年の大学生の生活について質問する。隼人は会長らしくメンバーに意見を聞いたり話をまとめる進行役を担っていた。

 配膳を手伝っていた美月にはさっきまでの軽くて女たらしな隼人と会長としてリーダーシップを発揮する隼人は別人に見えた。
夕食は午後7時半に終了した。

『明日の昼食後からはいよいよ推理討論会だ。間宮先生との頭脳戦になるからみんな今日は夜更かしせずに早く休むようにね。お疲れ様でした』

 福山の一声でダイニングにいた者達がバラバラに席を立つ。
あかりと連れ立って席を立った麻衣子はダイニングの窓から外を見た。雨粒が窓に強く打ち付けている。

「雨……いつの間に降っていたんだろ」
「けっこう降ってますね。あ、雷も……。昼間はあんなに晴れていたのに」

麻衣子の横であかりも窓の外に目を向ける。遠くで稲光が見えた。
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