早河シリーズ序章【白昼夢】
 場の空気が隼人が現れた一瞬で彼の支配下になる。

『竹本。女を口説くのも計算なんだよ。あんまりしつこいと逆効果だぜ。たまにはお前もここを使えば?』

嘲笑の笑みを浮かべて隼人は自分の頭を指差す。竹本が憮然として隼人を睨み付けた。

『あいにく俺は隼人さんのように頭良くないので』
『最近は謙遜が上手くなったな』
『それはどうも』
『俺にそこまで謙遜できるならもっと間宮先生や福山さん達への応対も考えろ。あちらさんは俺らとは違って仕事で来ているんだ。それにお前ひとりのイメージがメンバー全員のイメージに繋がる。せめて愛想笑いのひとつでもしておけ』
『さすが会長様ともなると言うことが違いますね』

竹本は小馬鹿にしたように鼻で嘲笑う。隼人は平然と竹本を見据えた。

『ここはお前のパパが仕切ってる場所とは違うからな。ワガママ言ってもパパは助け船は出してくれねぇぞ?』

 隼人と竹本の睨み合いが数秒続き、先に目をそらしたのは竹本だった。彼は隼人の視線を逃れてそそくさと広間を出ていく。

「ありがとうございました」

 最後は竹本と隼人のやり合いになったが結果的に隼人のおかげで竹本から逃れられた。多少癪に障るものの、美月は隼人に礼を述べる。

隼人と竹本の対立の構図は夕食時にも垣間見えた。竹本にはない隼人のカリスマ性。竹本にとって隼人は己の劣等感を刺激される存在なのかもしれない。

『美月ちゃんを助けたわけじゃねぇよ。あいつに好き勝手されると俺が困る』
「でもどんな理由でも助けてもらったことに変わりはないです」
『そう思うならお礼にキスでもして欲しいものだね』
「……前言撤回しますっ! 全然ありがたくなかったです」
『おー。怒った顔も可愛いねぇ』

 からかわれていると感じた美月は竹本に浴びせたものと同じ軽蔑の眼差しを隼人に送ると、モップと雑巾を抱えてダイニングに向かった。

「隼人、あの子に嫌われちゃったみたいね」

美月が隼人の口説きに乗ってこないことに里奈は気分を良くしている。

『お前性格悪いな』
「隼人に言われたくなーい」

誰もいない広間で隼人と里奈はキスを交わす。里奈は隼人に身を寄せて彼の身体に扇情的に指を這わせた。

「でも竹本はうざいね。夕食の時も隼人がせっかく話を振ってやってもほとんどだんまり」
『あのお坊ちゃんは自分が話の中心になれなくて不満なんだろ。竹本は本格ミステリーは苦手だからな。本格派の間宮先生の良さはあいつにはさっぱりわからねぇよ』

 広間と続き間になっているダイニングで美月が窓拭きをする様子が窺える。

(どうやって攻めるか。ゲームは攻略が難しいほど燃えるな)

不敵に微笑む隼人の視線の先には美月の後ろ姿。

少しずつ交差して
少しずつ近付いて
少しずつ試されていく……
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