早河シリーズ序章【白昼夢】
8月5日(Sat)午前7時30分
[二日目・朝食]

 昨夜の雷雨とは一転して今朝は夏の爽やかな青空が広がっていた。ダイニングテーブルにはクロワッサンにオムレツ、サラダやスープの皿が並び、宿泊者達は和気あいあいと朝食を囲む。

『昨夜来たあの人、警視庁の刑事らしいですよ。さっき本人に聞きました』

 ダイニングの席に座る松下は続き間となる広間にいる男を顎で示した。昨夜ずぶ濡れで駆け込んできた不意の来客は一足早く朝食を済ませたらしく、広間のソファーで食後のコーヒーを楽しんでいる。

『警視庁の刑事がどうして静岡に来てるんだ? 管轄外だろ』
『さぁ……。事件の捜査みたいでしたよ。何の事件かは守秘義務で教えてもらえませんでしたけどね。東京で起きた殺人事件の関係者がこっちに居たんじゃないですか?』
『捜査と言っても殺人事件だとは限らないじゃないか。警察にも色々と専門部署がある』

松下の見解に佐藤が疑問を投げ掛ける。松下は片手を横に振った。

『いやいや佐藤さん。あの人は捜査一課ですよ。匂いがね、そんな匂い』
『戦場カメラマンだった頃の名残か?』

福山が茶化す。松下は数年前までは内戦の国を巡って写真に納める戦場カメラマンだった。

『人間にはそれぞれ匂いがあるんですよ。よからぬことを考えている人間の匂い、犯罪者と警察官の匂い……あの刑事は警察の中でも捜査一課の匂いがします。俺の嗅覚に間違いはない!』
『それは鼻が効くなぁ』

 福山達が松下をムードメーカーとして話が弾んでいるのに対して学生側は麻衣子とあかりが会話をする以外は黙々と食事をしていた。

 ダイニングに揃う学生は渡辺亮、加藤麻衣子、沢井あかり、青木渡の四人。7時40分過ぎにようやく隼人と里奈がダイニングに姿を見せた。
渡辺が食べる手を止めて里奈と腕を組む隼人を見る。

『おいおい。二人揃っての登場かよ。お盛んだな』
『悪いか?』
『別に。ただここに居るのは俺らだけじゃないって話。お前は俺ら側のリーダーだろ? 少しは自重しろよ』
『ああ、なるほど。お前が誰のこと気にしてるのかわかった』
『何?』

渡辺が隼人を睨むが、隼人は渡辺のことなど気にもせずにテーブル中央の水差しに手を伸ばしてオレンジジュースをグラスに注いだ。

『中途半端に気にするくらいなら早いとこケリつければ?』
『知っててはぐらかし続けてる確信犯の隼人に言われたくないね』
「二人とも止めなさいよ。みっともない。出版社の人達もいるのよ?」

 隼人と渡辺の口喧嘩を麻衣子が止める。隼人は舌打ちしてグラスの中のジュースを一気飲みした。

『俺じゃなくて亮に怒れよ。先に突っかかって来たのは亮だぞ』
『俺は隼人のゴーイングマイウェイさに呆れてるだけだ』
「亮も止めなさいよ。でも隼人、亮の言うことも一理あるよ。もう少し場をわきまえて」
『わかりましたよ。マイコ様』

隼人は全く悪びれる様子もない。
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