早河シリーズ序章【白昼夢】
 誰も口を出せない男二人の口喧嘩を止めに入った麻衣子は呆れて溜息をついた。

『なんか、いいね。やんちゃな男共を叱りつけるしっかり者の女の子。俺もそんな女の子が欲しかったなぁ』

 松下が大学生達の口論を面白そうに見物していた。隼人は大袈裟に肩をすくめる。

『全然いいことなんてないですよ。幼稚園の時からこうなんですから』
『木村くんと加藤さんは幼稚園から一緒なの?』

佐藤が隼人に聞く。

『ええ。麻衣子だけじゃなく亮も。俺達三人は家が近所で幼稚園から一緒なんです』
『幼なじみってヤツです。麻衣子とは高校で離れたけど隼人とは幼稚園から大学までずーっと同じで。家も近いしもしかしたら家族より一緒にきるかも。さすがにここまで学校が同じだと気持ち悪いって言うか。いい加減、顔も見飽きましたよ』
『お前がいつも俺と同じ学校選んでるせいだろ。気持ち悪いのはこっちのセリフだ』

言葉を引き継いだ渡辺のボヤキに隼人が反論する。渡辺が顔をしかめた。

『いいや、大学決めるのは俺の方が早かった。追いかけて来たのは隼人だろ。そんなに俺と離れたくなかったのか?』
『マジに気持ち悪いこと言うな』

隼人と渡辺の息の合ったやりとりにダイニングには笑いが起きた。喧嘩するほど仲が良い幼なじみ達だ。

『そう言えば竹本が居ないな。まさかアイツだけ朝飯終わってるってことはないよな?』

 間宮誠治は自室での朝食のためここには居ない。ダイニングテーブルには間宮の席の他にひとつだけ空席ができていた。竹本の席だ。
竹本の不在に気付いた隼人の疑問に渡辺が答える。

『まだ寝てるんだろ。竹本は朝苦手じゃん。いつも俺、低血圧なんでぇ……とか言って』
『朝食の前に部屋をノックしましたけど応答がなかったんです』

隼人と渡辺の会話に後輩の青木が加わった。隼人はナイフとフォークを器用に使ってオムレツを口に含み、手元の腕時計を見た。
ちょうど7時55分になった。

『朝飯もあるしどうするか。あまり遅くなるとオーナーや冴子さんに迷惑だろう。この後起こしに行くか』
『木村先輩、俺が行きますよ。それでどうしても起きないなら竹本の朝食は無しでもいいんじゃないですか? アイツも子供じゃないし朝食抜いたくらいで死にませんよ』

 青木の提案に隼人は頷き、彼は再びダイニングを見渡した。
ここに居ないと言えば今朝は美月の姿も見当たらない。ペンションの他の仕事の手伝いでもしているのだろうか。
隼人は無意識に美月を捜していた。

      *


午前8時40分[裏庭]

 西側と東側を繋ぐ一階の廊下を歩いていた佐藤瞬は庭で洗濯物を干す美月の姿を見つけた。

『美月ちゃんおはよう』
「佐藤さん! おはようございます」

美月の向日葵のような明るい笑顔は人の心を穏やかにさせる。

『今日はいい天気だね』
「はい。昨日の嵐が嘘みたい。今日は洗濯物干し終えたら海まで写真を撮りに行くんです。海水浴場でもないから穴場なんですよ」
『海か。いいね』

佐藤は空を見上げて目を細めた。頭上には気持ちのいい青空、鳥のさえずりも聞こえる。

「一緒に……海、見に行きますか?」
『え?』
「その……もし、嫌じゃなかったら……」

うつむいて恥ずかしげに洗濯物のタオルを弄ぶ美月が愛らしい。

『じゃあ一緒に行っていい?』
「はい! 待っていてください。超特急で干しちゃいますね!」

 彼は窓枠に頬杖をついて洗濯物を干す美月を眺めていた。
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