早河シリーズ序章【白昼夢】
[東・206号室 隼人の部屋]

『おい隼人。美月ちゃん、佐藤さんと出掛けて行ったぞ』

 隼人の部屋のバルコニーに出ていた渡辺は部屋にいる隼人を呼んだ。

『佐藤さんと?』

ベッドに寝そべっていた隼人は起き上がって開かれた窓からバルコニーに降りた。渡辺の指差す先には麦わら帽子を被る美月とその隣に並ぶ長身の男……佐藤瞬が並んで中庭の小道を歩いている。

『へぇ。あの佐藤さん、女にがっつかないタイプかと思ったが。ちゃっかりやることやってんだな』
『あの人、何歳か知らねぇけど未婚だよな? 美月ちゃんはかなり年上が好みだったのかー。俺らの出る幕ないな』
『はっ。面白いじゃん』

ふて腐れる渡辺に対して隼人は口元をつり上げて笑っている。

『お前まだ美月ちゃん狙う気? 止めとけよ。美月ちゃんの嬉しそうな顔見ただろ。あれはさすがの隼人でも無理』
『手に入りにくいものほど欲しくなる性分なんでね』

 バルコニーに居た二人は部屋に戻り窓を閉めた。

『懲りないな。ま、百戦錬磨の女たらしの隼人が美月ちゃんを落とせるか、高みの見物しといてやるよ』
『そういうお前は沢井とはどうなんだ?』
『……は?』

部屋の冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出した渡辺は呆気にとられた顔で硬直している。

『俺が気付いていないとでも思ったか? 亮に女が出来たことはすぐにわかったし相手が沢井なら尚更な』
『はー……。やっぱり隼人にはバレてたか。隠してたって隼人にはバレるだろうと思ってた』
『なんで沢井とのこと隠してるんだよ?』
『俺は別に隠さなくてもと思ってるんだけど。あかりが隠したがってるんだ』

渡辺は麦茶を注いだグラスを持って二つあるベッドのひとつに腰かけた。もうひとつのベッドには隼人がいる。

『沢井はお前が麻衣子を好きなことに気付いてるからな』

またしても隼人は渡辺へ爆弾を落としたようだ。口を開けて放心する渡辺の顔が面白い。

『……隼人……それって』
『麻衣子のことまだ好きなんだろ? 朝飯の時に俺に突っかかって来たのも麻衣子を気にしてのことだ。俺と里奈が一緒に来たからそれで麻衣子が傷付くと思って。違うか?』

渡辺はすぐには言葉も返せず、溜息の後に苦笑した。

『そこまでわかってるならもう少し麻衣子の気持ちも考えて欲しいものだな。俺が麻衣子を好きだってことにあかりが気付いてるってどうしてわかる?』
『お前に告白しようか悩んでるって沢井に相談されたんだよ。沢井はお前が麻衣子を好きだと承知で告ったんだ。俺に麻衣子の気持ち考えてやれって言うならお前も沢井のことちゃんと考えてやれよ』

これまで知らなかった事実を聞いて渡辺はさらに深く溜息をつく。この幼なじみは昔からずっと、いつも自分の一歩先を歩いている。
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