早河シリーズ序章【白昼夢】
 ペンションを出発した美月と佐藤は遊歩道を歩いて海岸に出た。二人は歩道から伸びた階段を下って防波堤に降り立つ。

『昨日雨が降ったわりには海が綺麗だね』
「うんっ!」

美月は持参したデジタルカメラのファインダーを覗いて海に向けて何枚かシャッターを切った。

『綺麗に撮れた?』
「撮れたよー」

振り向き様に彼女は佐藤に向けてシャッターを押す。佐藤は慌てて顔を手で隠したが間に合わなかった。

『えっ……ちょっと待って。いきなり?』
「あははっ! 不意討ちショットいただきました。佐藤さん面白い顔してる」
『参ったなぁ』

 美月の可愛いイタズラに憤慨する気にはなれない。彼女は提げていたポシェットからピンク色の携帯電話を取り出した。

「一緒に写真撮ってもらえますか?」
『いいよ。でもデジカメじゃなくて携帯でいいの?』
「うん。携帯がいいの」

携帯をカメラモードの設定にして美月は佐藤の隣に腰を降ろす。彼と彼女は携帯の画面に収まるように顔を近付けた。

「いくよー」

美月の合図に合わせて携帯から聞こえるシャッター音。笑顔でピースサインを向ける美月と微笑する佐藤の写真が画面に表示された。
今度は海を背景にしてまた二人で写真を撮る。麦わら帽子から見える美月の長い髪が風になびいていた。

「気持ちいいね。時間がゆっくり流れてるみたい」
『海を見てると嫌なこと全部忘れられるんだよね』

 目の前にはどこまでも続く青い海と青い空。ずっと見ていると空と海の境目がどこかわからなくなる。
ちゃぷん……と波の音が聞こえた。

美月のポシェットからは袋に包まれたクッキーが出てきた。叔母の冴子と一緒に作ったものらしい。
クッキーと一緒にいちごミルクの飴も出てくる。彼女のポシェットはなんでも出てくる魔法のポシェットだ。

「佐藤さんは嫌なことあるの?」
『そうだね。誰にでも嫌なことのひとつやふたつあるさ。たとえば編集の締め切りに終われて徹夜で寝られないとか』
「お仕事大変なんですね。私もテストは嫌」
『高校生の天敵はテストだよね』

笑っている佐藤の手元を盗み見る。クッキーを持つ彼の左手薬指に既婚者の証はない。

「佐藤さん、結婚は……まだ?」
『まだだよ』
「彼女さんは?」
『悲しいことにいませんねぇ』
「えー? 佐藤さんモテそうなのに」

防波堤のコンクリートからはみ出た美月の色白の脚がぶらぶらと揺れた。白いサンダルが彼女によく似合っている。

『美月ちゃんこそモテるだろ? 学生達も美月ちゃんを気にしてるみたいだよ』
「モテないよ、全然。学生ってあのチャラい人達のこと?」
『チャラい人達か。美月ちゃんは素直だなぁ』

年上の大学生にも歯に衣着せぬ美月の物言いは清々しい。佐藤は口元を押さえて吹き出した。

「私はああいうチャラチャラした男の人は嫌なの。付き合うなら私だけを好きでいてくれる人がいいもん」
『そっか。そうだよね』

会話はそこで途切れた。

(佐藤さんはどんな女の人がタイプ? って聞いてもいいのかな。まだ早いかな……高校生って恋愛対象に入る?)
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