早河シリーズ序章【白昼夢】
 なんとなく次に何を話せばいいのか決めかねる美月はチョコチップ入りのクッキーを食べつつ、佐藤との間に流れる穏やかな沈黙に身を任せる。波の音がBGMのようだ。

しかしこの自然のBGMには不似合いな、機械的な音が二人の穏やかな沈黙を破った。佐藤の携帯電話のバイブ音だ。

『あっ……編集長だ。ごめんね』

着信表示は佐藤の上司の福山。美月に断りを入れて彼は通話に応答した。

{佐藤か。今どこにいる?}
『ペンション近くの海岸に』
{くつろいでいたところ悪いが、今すぐこちらに戻って来てくれ。少々厄介な事態になった。竹本くんが居なくなったんだ}
『居なくなった? それはどういう……』
{とにかくすぐに戻って来い。皆で今後の対応を考えたい}
『わかりました』

 福山との通話を聞いていた美月が不安げに佐藤を見ていた。

「何かあったんですか?」
『よくわからないけどトラブルがあったらしい。編集長からすぐに戻れと言われたよ。美月ちゃんはどうする?』
「私はもうちょっとここに居ます。佐藤さんは早く戻ってあげてください。福山のおじさま、困っているんでしょ?」

叔父の沖田と長年の友人の福山に美月は昔から可愛がってもらっている。福山が部下の佐藤を呼び出すのだから何か不測の事態が起きたのだろう。

『ごめんね。また後で』
「はい」

 佐藤が足早に遊歩道に続く階段を上がっていく。ひとり残された美月は携帯の写真フォルダから先ほど佐藤と撮った写真を見つけて表示した。

「佐藤さん、彼女いないのかぁ」

ふふっと笑い声を漏らした彼女は佐藤とのツーショット写真を携帯の待ち受け画面に設定した。これでいつでも彼の顔が見られる。

どうしてこんなに楽しいの?
どうしてこんなに嬉しいの?

(私も戻ろうかな。もしトラブルが起きてるなら叔父さん達も大変かもしれない)

 美月は麦わら帽子を被り直して立ち上がり、海岸に背を向けて歩き出した。
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