早河シリーズ序章【白昼夢】
 竹本の死体の身元確認を終えた隼人達はひとまずペンションに戻った。後に刑事も近くの交番から警官を呼び、遺体の安置の手配を頼むと彼もペンションに戻る。
広間にはペンションにいる全員が集まっていた。刑事はまず竹本の死体を発見した美月に死体発見の経緯を尋ねた。

「海岸に遊びに行った帰りにリンがガレージに入っていくのを見かけて……リンを追いかけてガレージに行ったんです」

 竹本の死体の第一発見者は美月だ。美月は初めて目にする死体と血溜まりにショックを受けてその場に座り込んでしまった。そこに現れたのが竹本を捜していた沖田オーナーと刑事だった。

『君はガレージには入らなかったんだね? 入ったのは猫だけ?』
「はい。ガレージには入っていません。リンはすぐにガレージから出ていってどこかに行っちゃったけど……」
「リンはここに戻って来たのよ。でも後でお風呂に入れてあげないとね」

リンは美月の足元で身体を丸くしている。リンの前肢の毛は竹本のものと思われる血で今も赤黒く染まっていた。

『ありがとう。まだ顔色が悪いね。君は部屋で休んでいなさい』

美月を気遣う刑事は彼女に優しく言うと冴子と目を合わせた。冴子が美月の肩を抱く。

「お部屋に行きましょう」

冴子に付き添われて美月が広間を後にする。主のいないここに用はないと判断したのか、丸くなって寝ていた白猫のリンも起き上がって軽い足取りで広間を出ていった。

 冴子が美月を連れて行った後、麻衣子とあかりで人数分の飲み物を用意した。一度全員が気を落ち着かせるために何か飲み物を……と刑事が提案した為だ。

アイスコーヒーやサイダー、麦茶のグラスがテーブルに並ぶ。それぞれが自分の欲した飲み物を選んで一息ついた。

『それでは話し合いの時間にしましょう。申し遅れましたが私は警視庁で刑事をしている上野です』

上野刑事は全員に見えるように警察手帳を掲げた。彼が刑事であることは間違いないようだ。

『静岡には職務の一環で訪れていましてね。昨夜は訳あってこちらに宿泊させていただきました。まさか殺人事件に遭遇するとは思いませんでしたが……。この町には小さな交番しかありません。先ほど静岡県警に連絡をしましたが、隣の市の警察署からここまで一時間はかかるそうです。県警が来るまでは私が代理として皆さんから事情を伺うことをまずはお許しください』

中年の刑事は丁重に頭を下げた。

『事情聴取の前に聞いておきたいことがあります。竹本のおよその死亡推定時刻と死因はわかりましたか?』

 隼人が上野刑事に尋ねた。このような事態でも臆することのない飄々とした態度の隼人を上野は興味深げに見ていた。

『君は確か木村さん……だったね。もしかして医学生かな? 遺体の身元確認でも君は落ち着いていたから』
『医学生ではないです。落ち着いて見えるのは性格的なものかと。起きてしまったことを嘆いても仕方ないじゃないですか?』

他の学生達や隼人よりも十歳以上は年上の出版社の大人達よりも隼人の態度は冷静で落ち着いている。
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