早河シリーズ序章【白昼夢】
 いつの間にか話の主導権を隼人に握られている感覚に上野は陥った。

『そうだね。うん、死亡時刻と死因ね。死因は刺殺……刃物で心臓や腹部を数ヶ所刺されていた。凶器は竹本さんの側にナイフが落ちていたからそれで間違いないだろう』
『致命傷はどこでした?』

また隼人が質問した。そんな情報をなぜ彼が欲しがるのか怪訝には思うが、答えられる範囲で上野は述べる。

『致命傷は心臓だろうね。心臓を正面からひと突き。出血量から考えて先に心臓を刺して竹本さんの命を奪った後に他の箇所を何度も刺している』

女性陣に聞かせるには気分の悪い話だ。
誰もが隼人のように平常心を保っていられるはずもなく、麻衣子や里奈は額や口元を手で押さえて顔を伏せていた。

『心臓を刺した後に何度も刺す……犯人は竹本くんに相当怨みがあったようだ。それに心臓を先に刺して息の根を止めてしまえば彼がペンションに逃げ込んだり大声で助けを呼ばれる心配もない』

 隼人の他にもうひとり、推理小説家の間宮誠治はこの状況を愉《たの》しんでいるように思えた。上野は間宮を見据える。

『死亡推定時刻は私の判断になりますが、昨夜11時から深夜3時頃、県警が来て監察医が診《み》ればもう少し絞れるかと。皆さんにお聞きしたいのはこの死亡推定時刻の間、どこで何をしていたのかについてです』
『アリバイ調べだね』

間宮が言った。間宮と言い、隼人と言い、この事件の関係者は一筋縄ではいかない曲者《くせもの》が揃っている。捜査がやりにくいことは確かだ。

『そうです間宮さん。あなたがお書きになるミステリーの定番ですね』
『ふん。しかしだね上野さん。死亡推定時刻が君の見解通りだとするとその時間は常識的に考えれば誰もが部屋で休む頃だと思うが。東京の自宅でならともかく、こういった休暇を過ごす場所ならば、さもありなん』
『ですが形式的に関係者全員に聞く必要があります』

 上野は手帳を開いて福山達並木出版の人間から順に、昨夜11時から深夜3時頃、どこにいて何をしていたか質問を始めた。
しかし誰に聞いても間宮の言うようにその時間は自室で眠っていたとの答えしか返ってこない。
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