早河シリーズ序章【白昼夢】
 テーブルに置いた上野の携帯電話が着信する。

『少し失礼します』

上野は携帯を手にして広間から廊下に出た。広間と廊下を隔てる扉が閉まると、ピリピリとした空気が少しだけ緩和された。

 ある者は手洗いに、ある者はキッチンまで飲み物を持ちに、煙草を吸い、携帯電話を触る者もいる。授業を終えた学生達が思い思いに休憩時間を過ごすように、皆がこの異常事態では何かしていないと落ち着かない。

『亮。お前はもう少し言葉に気をつけて発言しろよ。さっきの里奈への発言はお前が悪い』

里奈が席を外した合間に隼人は渡辺を諭す。渡辺はくわえた煙草を口から離した。

『事実を言ったまでじゃねぇか』
『事実だとしても誰がどんな点で疑われるかわからない。軽率な発言はするな。犯人でないなら損するだけだ』
『犯人ねぇ。まさかリアル殺人事件が起きるとは思わなかった』
『この中に竹本を殺した奴がいるんでしょうか?』

青木が隼人の顔色を窺うも隼人は何も言わなかった。今は迂闊な発言はできない。

(犯人はこの中に……ね)

 隼人は広間に集う面々の顔をさりげなく見ていく。

出版社側のリーダーの福山編集長は中庭に面したウッドデッキに出て携帯で誰かと話をしている。漏れ聞こえる会話の内容から推察すると電話相手は出版社の関係者だ。

福山の部下の佐藤とカメラマンの松下はソファーに並んで座って途切れ途切れに会話をしている。こちらの二人の会話はただの世間話。

小説家の間宮はひとり掛けのソファーで悠々と煙草を味わっていた。この大御所作家が何を考えているのかは隼人には読めない。
間宮の隣にはあかりが座っていて彼の話相手をしている。

 隼人の視線は学生側に移る。

渡辺は頭を垂らしてうつむき、青木は無表情に携帯電話の画面を見つめている。手洗いから戻った里奈はダイニングで麻衣子と立ち話をしていた。

(状況を見ても殺害現場はあのガレージだ。犯人は竹本をガレージに呼び出して殺した。いくら竹本でも夜中、しかもあんな嵐の夜にガレージに来いと言われて簡単に応じるとは思えない。犯人はあそこに竹本を呼び出せる人物……呼び出されたら竹本が喜んで出向きそうな人間……)

隼人の焦点が自然と里奈に定まった。
竹本が里奈に言い寄っていたことは隼人も知っている。それは里奈に本気で惚れていたと言うよりも隼人へのあてつけの意味があっただろう。

(里奈なら夜中に竹本を呼び出せるよな。里奈に誘われたと勘違いした竹本はまんまと罠にかかって……)

 彼はすぐに自分の陳腐な想像を払拭する。まだ誰かを犯人だと断定できる根拠が何もなく、疑いだせばキリがない。
だいたい里奈が竹本を殺したいほど憎んでいるとは考えられない。料理の時に包丁すら使うのを怖がる里奈がナイフで竹本を刺し殺せるとも思えない。
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