早河シリーズ序章【白昼夢】
『この近くのトンネルで土砂崩れがあったみたいですよ』

 携帯電話を見ていた青木の呟きに広間にいた全員が反応した。

『土砂崩れ?』
『はい。ネットのニュース速報で流れています』

青木が携帯を隼人に見せる。隼人と渡辺が青木の携帯電話の画面を覗き込んだ。

 今日の日付のネットニュースの記事が掲載されている。記事には静岡県のこの辺りの地区の地名と、土砂で埋まってしまったトンネルを上空から撮影した写真が載っていた。

 隼人達が土砂崩れのニュースに驚いて言葉を発せずにいると上野が広間に戻ってきた。ウッドデッキにいた福山も、ダイニングで立ち話をしていた麻衣子と里奈も広間に戻る。

開口一番、上野刑事は告げた。

『大変なことになりました。県警から連絡がありましたが、こちらの町と隣の市を繋ぐ唯一のトンネルが土砂崩れが発生して塞がってしまったようなんです』
『ニュースに出ていますよ。最近続いた台風と昨日の大雨が原因らしいって』

 隼人は自分の携帯電話のネットニュースページを開いた。そこには青木の携帯に表示されたものと同じ土砂崩れの記事が載っている。上野は隼人の携帯のニュース記事を黙読した。

『そうです、このトンネルです。困ったことに県警の到着はトンネルの復旧次第になるそうで復旧のメドはまだ立っていないと』
「じゃあトンネルが復旧して警察が来るまで私達はここから出られないんですか?」

麻衣子は顔を青ざめさせ、あかりも驚愕の表情で口元に手を当てている。

『まじかよ。リアル殺人事件の次はリアルクローズドサークル。この時代に嵐の山荘モノはありえないと思ってた』

渡辺は推理小説用語を口にして嘆く。

「そんなの嫌よ! この中に殺人犯がいるかもしれないのに!」

ヒステリックにわめく里奈、無言の青木、佐藤、松下。状況確認をしようと携帯電話の操作を始める福山編集長。

『クローズドサークルか。私の作品と趣《おもむき》は違えど面白い。携帯の電波が届くことだけは幸いだね。これが僻地の無人島ならアウトだ』

口の端に意地の悪い笑みを浮かべる小説家の間宮はやはりこの状況を愉しんでいる。

 隼人も警察の到着が遅れることに戸惑いを隠せないが、携帯電話が常識となった21世紀の現代では外部と完全に遮断されたクローズドサークルは起こり得ない。

(間宮先生の言うように、携帯の電波が届くだけマシだな)

閉じ込められることになったとしても幸いにもここには刑事がいる。警察との連絡も取り続けられるだろう。

小説の登場人物のように悲観的になることはない。殺人犯がこの中にいるかもしれない疑念と恐怖を抱えながら数日を過ごす……その不安はあるが。

『県警の到着がいつになるかはわかりません。少なくとも今日明日はここに留まることになります』

 上野は最後にそう締め括り、関係者を集めた事情聴取は終了した。時刻はとうに正午を過ぎていたが昼食を要求する者は誰ひとりいなかった。

※クローズドサークル・嵐の山荘モノ……外界との接触が絶たれた状況下で起きる事件を扱った作品のこと
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