早河シリーズ序章【白昼夢】
 午後になり上野が個別に事情聴取を行った結果、並木出版の三人と小説家の間宮には被害者、竹本晴也との直接的な関わりはなく、竹本殺害容疑の焦点は同じ大学のあの六人に向けられる。

 上野に割り当てられた部屋は西側205号室のシングルルーム。隣室はカメラマンの松下淳司の部屋だ。
彼は籐《とう》の椅子に腰かけて手帳を開いた。

『木村隼人か……』

どうにも喰えない男だ。
二十二歳にして理知的で頭の回転も速い。竹本が隼人を敵視していた事実はサークルの誰もが周知していたが、隼人が竹本を相手にしていないこともまた周知だった。

 竹本晴也の刺し傷は計七箇所、そこから犯人の竹本への強い怨みを感じる。年若い大学生がそこまで人から怨まれる動機はまだ見えない。

 竹本の携帯電話と部屋のルームキーは彼のズボンのポケットにあり、携帯は電源が切られていた。

竹本の部屋を調べて新たに判明した事実がある。使われた形跡のあるバスタオルが脱衣場にあり、浴室の排水溝にも竹本のものと思われる毛髪が落ちていた。

 どうやら彼は入浴を済ませてから寝間着ではなくまた服に着替えてガレージに向かったようだ。人と会うために身なりを整えたのか、入浴後の急な呼び出しだったかはわからないが当日の竹本の行動の一片が見えた。

 携帯が鳴る。東京にいる部下の早河刑事からだ。

{竹本晴也は国会議員の竹本邦夫の息子でした}
『議員の息子か。厄介だな』

国会議員の息子の殺人事件ともなれば色々と気を遣う。竹本が周りの人間に金なら捨てるほどあると豪語していたのも親が議員ならば納得だ。

{それと竹本晴也には補導歴がありました。4年前、竹本が高校生の時に喫煙で}
『4年前に補導……?』

上野は手帳に4年前の竹本の補導歴を書き加えた。
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