早河シリーズ序章【白昼夢】
「隼人! 何してるのっ?」

 物音を聞き付けた麻衣子とあかりがダイニングに飛び込んでくる。隼人は事情を問い質す麻衣子を無視してダイニングを出て行った。

「ごめん、あかりちゃん。後のことお願いね」

あかりに美月達のことを頼むと麻衣子も隼人を追いかけてダイニングを出ていく。ダイニングには美月と佐藤、あかりが残った。

 隼人に殴られた佐藤は口元に血が滲んでいた。動揺する美月は彼を抱き起こして涙を流す。

「佐藤さん血が……」
『大丈夫、大丈夫』

佐藤は笑って見せるが、微笑む口元が痛々しい。

「ごめんなさい」
『美月ちゃんが謝ることないよ。平気だから気にしないで』

佐藤が美月の髪を優しく撫でる。隼人に髪を触られた時よりも、隼人にキスをされた時よりも、美月の鼓動はもっと速くなっていた。

「美月ちゃん、佐藤さんの手当てしないと……」

救急箱を持ったあかりが側に立っている。
美月は佐藤の身体を支えて立ち上がらせた。彼を椅子に座らせて切れた口元にガーゼを当てて血を拭う。

「傷、痕が残らないといいけど……」
『大袈裟だなぁ。こんなの数日で治るよ』

口元に絆創膏を貼った佐藤はそのまま自室へ戻った。

 ダイニングに二人だけとなった美月とあかりは広間に移動して先刻の出来事を話し合う。

「美月ちゃんは佐藤さんが好きなの?」

あかりに聞かれて美月は頬を赤らめた。

「好き……なのかも。でも私なんか相手にされないよ」
「そんなことないと思う。さっきの二人の様子見てても、いい感じに見えたよ」
「そっかな……。だけど私って隙だらけなの?あかりちゃんにも気を付けてって言われてたのに」
「木村先輩のこと?」

 美月が隼人にキスされたことは聞いている。彼女は無意識に唇に触れていた。その頬が一段と赤らんで見えるのは、おそらく佐藤のことだけを考えているのではないのだろう。

「木村さんって誰にでもあんなことするんだね。佐藤さんも殴るなんて酷い」
「えっと……さすがに誰にでもってことはないと思うけどね。お気に入りの子と言うか目を付けた子にと言うか……。現に、私は木村先輩とはそういうのはないからね。だけど今日のはちょっとらしくないかも」
「らしくない?」

美月はテーブルに広げたクッキーを摘まんだ。海に行った時に佐藤と食べた物と同じ、叔母の冴子と一緒に作ったクッキーだ。
あかりもクッキーを頬張る。

「いつも冷静な木村先輩が人を殴るのは意外だった。木村先輩って苛ついてても人に八つ当たりするタイプじゃないんだよ。でも今日はやっぱり後輩が殺されたんだから全くショックを受けてないことはないと思う。あれでも情に熱い人なんだよ」
「ふーん。そんな熱血なタイプには見えなかったな。いっつも澄ました顔して気取って嫌な感じ!」

美月の隼人への酷評にあかりも苦笑いするしかない。隼人は相当、美月に嫌われたようだ。

「まぁまぁ。さっきまで刑事さんに色々と話聞かれてイライラしていたのもあるだろうし……。私は木村先輩のことはサークルの付き合いでしか知らないけど、リーダーとしては完璧で頼りがいがあって、いつも皆のこと考えてるし、根は優しい人なんじゃないかな」

 隼人への不信感しかない美月にはあかりがどうしてこんなに隼人を弁護するのか、理由がよくわからなかった。
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