早河シリーズ序章【白昼夢】
 ダイニングを出た麻衣子は隼人を追って二階に上がり、彼の服の裾を掴んだ。

「隼人、待って。何があったの? 佐藤さんを殴ったの?」
『別に……ちょっと揉めただけ』

隼人は東側廊下の最奥、206号室の部屋に鍵を差し入れた。隼人に続いて麻衣子も彼の部屋に入る。

「隼人はリーダーとして他のみんなよりも色んな事考えて、背負って、だから今の隼人が疲れてるのはわかる。でもどんなことがあっても八つ当たりはしちゃダメだよ。隼人が人を殴るなんてらしくない。暴力嫌いなのに」
『じゃあ俺らしいって何?』

 二つ並ぶベッドの奥側のベッドに隼人は仰向けに寝転んだ。麻衣子は肩をすくめて隼人が寝ているベッドの端に腰掛ける。

「クールぶってるけど本当は誰よりも周りのことを考えてる不器用な奴。それが木村隼人でしょ?」
『……バーカ。何言ってんだ』
「隼人は親しい人以外の前では感情を表に出さないからわかりにくいけど、すごく仲間思いの優しい人だもん。平気なフリしてても本当は竹本くんのこと、ショックだったんだよね?」

麻衣子の温かな手が隼人の手を握る。隼人も麻衣子の手を握り返し、彼女と繋いでいない反対側の腕で目元を覆った。

『麻衣子……しばらく俺の顔見るなよ』
「ん。わかった。見ないから大丈夫」

 麻衣子は隼人と手を繋いだまま彼から顔をそらした。やがて静かな部屋に隼人のすすり泣く音が響いた。
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