早河シリーズ序章【白昼夢】
 どれだけ威勢が良くても彼女は女だ。しかもまだ十代の、場の切り抜け方も知らない少女。
こんなに震えているくせに、よくここまでひとりで乗り込んでくるものだ。

 しばらく二人の睨み合いは続き、隼人はわずかに口元を上げて美月を手離した。

『やーめた』

 そう言って拘束を解かれた左腕に美月は触れる。昨日竹本に掴まれたように強く握られることはなく、隼人の拘束は振りほどこうと思えば簡単に振り払えてしまうほど弱い力だった。

『あんた、今どき珍しいくらいに純粋だな。女子高生でももう少しスレた奴たくさんいるぞ。とりあえず経験値増やしたくて男に誘われたなら相手が誰でも一発やっておこう、なんて考える奴もいるだろ?』
「そんな女の子ばかりじゃありません! 中にはそういう子もいると思うけど……私はその……」
『ま、美月ちゃんは違うよな。超がつく純粋って言うか。真っ直ぐで落としがいなくてつまんねぇ』

隼人は手前のベッドに腰掛けた。彼の雰囲気が先ほどまでとは違うように見えるのは気のせいか、錯覚か。

(今の木村さんは私をどうこうするつもりはなかったんじゃないかな。さっきはキスしてきたけどでも今は……)

『純粋って言うよりただのバカか』
「バカって何を言うんですか! 成績は一応それなりに……」
『ああ、これはバカじゃなくて天然の方だな』

むくれた美月を見て隼人が声をあげて笑っていた。彼がここに来て初めて見る、気取っていない隼人の笑顔だ。

(何よ! いっつも澄ましてるクセにそんな風に笑うことも出来るんじゃない。悔しいけどやっぱりイケメンだし)

『悪い悪い。やっぱり美月ちゃんは面白いな。今まで俺に口説かれて落ちなかった女はいなかったのに』
「自慢ですかっ」
『んー、まぁね。だけど美月ちゃんみたいな女は初めて。すっげー純粋で一途。羨ましいよ』

 美月は隼人のいるベッドまで進み出てベッドに腰掛ける彼の隣に間隔を空けて座った。それが自然な流れのように隼人の隣に座っている自分が不思議だった。
美月が隣にいても隼人は何もしない。何も言わない。
< 43 / 92 >

この作品をシェア

pagetop