早河シリーズ序章【白昼夢】
 波の音のBGM。佐藤と海岸で過ごしたあの時と似ているのに違う、佐藤とは違う温かな空気感。

「木村さんは今まで本当に本気で人を好きになったこと、なかったんですか?」

美月の質問に隼人は天井を見上げる。その横顔はどこか哀しげだ。

『……なかったな。別に恋愛にトラウマがあるわけじゃない。育った家庭環境も普通、むしろ両親は子供の前でも平気でイチャつくような親だ。だけど俺には人を愛するって感情が欠けてるみたいだな』

質問をしたのはこちらだが彼の返答にどう返せばいいのかわからない。美月が何も言えないでいると隼人は彼女に顔を向けた。

『佐藤さんに告ってみれば?』
「でも歳が離れすぎてて……佐藤さんと私、十七歳差なんですよ?」
『歳は関係ないだろ。いいこと教えてやるよ。男が女を恋愛対象として見るのに年齢は関係ない。体が成熟してるかしてないか。女は体が成熟していれば何歳だろうと男からすれば大人の女、性欲の対象なんだよ。これはロリコン趣味の男は除外してのハナシだし、すべての男が当てはまるとも限らない。俺は体が成熟していようと高校生はガキにしか見えないから最初から対象外』
「最初から対象外ならどうして私にかまうんですかっ!」

また頬を膨らませる美月の反応がいちいち面白くて隼人は笑い転げた。
あかりがリーダーとしての隼人を慕う理由が美月にも少しだけわかったかもしれない。

「木村さんって笑ってると普通なんですね」
『何だよ、普通って』
「木村さんが女たらしの危険人物ってことを意識しなかったらイケメンでインテリのやんちゃなお兄さんって感じに思えてきました」
『それはどうも。でも危険人物は酷くない?』

今度は隼人が拗ねた顔を見せ、美月が笑った。この数分間で隼人の様々な面を知ることができた。

『あーあ。女とベッドにいるこんな美味しい状況なのに襲う気にもなれねぇな』
「私を部屋に入れた最初からそんな気なかったんじゃないですか?」

 美月のペースに乗せられていると感じて隼人は舌打ちする。すっかり気を許している美月を組敷くことも容易いのに彼女の笑顔を見ているとそんな気分にもなれない。
傷付けたくない……そう思っていた。

『いつまでもここにいると本当に押し倒すぞ』
「へへっ。こわーい。佐藤さんにはちゃんと謝ってくださいね?」

無邪気で無垢な少女は弾みをつけてベッドを降り、振り返って微笑する。

『わかったよ。早く行け』
「はーい」

 ここに来た時とは違う、柔らかな表情で美月は隼人の部屋を出ていった。途端に静かになる部屋。

『変な女』

 煙草を吸おうとサイドテーブルの箱に手を伸ばすと箱の中身は空だった。空箱を握り潰してゴミ箱に投げ捨てた。

『まさかな。ありえねぇだろ』

 意味深な独り言の意味を知るのは隼人だけ。

 風がそよめき白いカーテンが揺れる。
 夏の、匂いがした。
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