早河シリーズ序章【白昼夢】
 静まり返るダイニングに慌てたスリッパの音が近付いてきた。

「あの……刑事さん、ちょっと来てもらえませんか?」

狼狽する美月がダイニングの入り口から上野を呼ぶ。皆の視線は一斉に美月に向くが、美月は上野だけをダイニングの外に連れ出したいようだ。
上野は美月の意図を察してひとりで廊下に出た。

『どうしたんだい?』
「ゴミ捨て場に変なものがあって……」

 美月の案内で上野はペンションのゴミ捨て場に向かった。そこは近くが雑木林になっていて夜になると電灯の弱々しい灯りとペンションから微かに漏れる光があるだけの淋しい場所だ。

 美月が懐中電灯の光で辺りを照らす。闇の中で大きなポリバケツが見えた。

「ペンションのゴミはいつもこの中に入れるんです。だから今もここにゴミを捨てに来たらあっちに変な袋があって」

美月が雑木林を指差した。木の植え込みの側に黒っぽいゴミ袋が無造作に置いてある。
上野は美月から懐中電灯を借りて暗がりの足元に注意を払いながら袋に近付く。美月も上野の後に続いた。

「この区域の指定のゴミ袋は半透明なのでおかしいなって思って。あんなもの捨てた覚えはないから気になって中身を覗いて見たんです」

 袋の口の結び目は解かれていた。最初は結んであったものを美月がほどいたためだ。
上野は袋の中を懐中電灯で照らした。目を凝らして中にある物を見下ろす。

『……昨夜は酷い雨だったよね』
「はい。だからこれが捨ててあるのもおかしくはないかもとは思います。でも血の匂いが……」

それは上野も感じた。袋に顔を近付けると漂う異臭。

 黒いゴミ袋に入っていた物は丸められた黒いレインコートと黒い長靴。レインコートには何かが付着していてまだらに変色している。
付着物の正体は一目瞭然、血液だった。

『雨で大方の血は洗い流せても、洗い流せず残ってしまうものもある』

上野は独り言を呟き、袋の口をきつく結ぶとそれを持って美月と一緒にペンションに引き返した。
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