早河シリーズ序章【白昼夢】
午後9時[東側一階 書斎]

「はぁー。もう嫌。なんで私ばっかり第一発見者になるのよぉ」

 またしても犯罪の証拠の第一発見者となってしまった美月は憂鬱になり、疲れきった顔を机に伏せた。

 あと少しで長い一日が終わる。
午前中に佐藤と海岸まで散歩に出掛け、その後に竹本の死体を見つけた。午後には隼人とひと悶着からの和解、夜には殺人の証拠品の発見。
こんなに一日で様々な出来事が展開した日は17年の人生で初めてかもしれない。

『美月ちゃん』

書斎の入り口から佐藤の声が聞こえて美月は顔を上げた。

『大丈夫? 美月ちゃんが事件の証拠品を発見したって刑事さんに聞いたよ』
「はい。びっくりはしましたけど……大丈夫です」

佐藤の顔を見て憂鬱な気分も吹き飛んでしまった。むしろ彼の登場によって美月の心臓は大忙しだ。佐藤への恋心を自覚した今となっては彼と話をするのも気恥ずかしい。

『そっか。あ、また宿題やってるね。今日も数学?』
「そうです。これは出校日提出のものだから早く終わらせないといけなくて……。でも全然解けなくて」

数学の問題に苦戦しているのは問題の難易度よりも集中力が足らないせいだと美月は理解していたが、佐藤はそうは思っていない。
彼は美月の問題集を覗き込んで解を導き出そうとしていた。

 佐藤と肩が触れ合うたびにドキドキと心臓が高鳴る。ノートの余白に書かれた彼の綺麗な字、シャープペンを握る骨張った男らしい手に惚れ惚れする。

「佐藤さんって香水つけてます?」
『ああ、うん。匂い気になる?』
「ううん。とってもいい香り。佐藤さんにぴったり!」
『ありがとう』

佐藤の笑顔は柔らかくて穏やかだ。彼の纏う香りは彼の人柄と同じ、柔らかで穏やかな大人な香りがする。

(あれ? でもこの匂い、最近どこかで嗅いだことのあるような……どこだっけ?)

『……東京戻ってからどこか遊びに行こうか』

突然の佐藤からの誘いに美月は驚いてまばたきを繰り返す。

「二人で……ですか?」
『うん。でも相手が俺みたいなおじさんじゃ嫌かな?』
「そんなことない! 佐藤さんと遊びに行きたいです!」
『よかった。どこ行きたい?』
「えっーと……お台場にみなとみらいに……あと夏の間にプールにも行きたい」

美月が次々と行き先を挙げていく。佐藤は美月に借りたシャープペンを動かしたまま笑った。

『よし。じゃあそれ全部行くために宿題終わらせようね』
「はーい」

 元気のいい美月の返事と笑い声が書斎から漏れている。
書斎の様子を廊下で見ていた隼人は自室に戻った。部屋に入るなり彼は乱雑に服を脱いで浴室に向かう。
生ぬるく設定したシャワーを全身に浴びて一日の疲れをほぐした。

 シャワーの水音に紛れて聞こえるのは言葉にならない隼人の溜息。先ほど書斎で目撃した美月と佐藤の様子が瞼の裏側に浮かんで離れない。

寂しい? 悲しい?
わからない。

恋しい? 愛しい?
……きっと、そうなのかもしれない。
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