早河シリーズ序章【白昼夢】
午後10時30分[西・204号室 松下の部屋]

 シャワーを浴び終えた松下淳司は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。冷えたビールに口をつけながら窓際の籐の椅子に腰掛ける。
冷房を入れなくても海から吹く風が気持ちいい。都会の熱帯夜では考えられない涼やかな夜だ。
開けた窓から入る夜風と冷たいビールがほてった体をクールダウンさせてくれる。

 彼はテーブルに置かれた愛用のノートパソコンを開いた。パソコンには昨日ここに到着してからの写真のデータが取り込んである。

写真のデータを一枚ずつ見返す。過去に戦場カメラマンとして数多の戦地で悲惨な光景をフィルムに収めてきた松下が偶然にも、殺人事件の現場撮影をすることになってしまった。すべては上野刑事に頼まれたことだ。

 現場写真はどの写真よりも先にパソコンに取り込み、ペンションのプリンターを借りて印刷したものを上野に渡した。予備で持っていたUSBにもデータを移行してそれも上野に渡してある。
今ここに並んでいるデータは昨日から今日にかけて撮影した人物や風景写真のみ。

 海や空、朝焼けに夕焼け、雷雨の風景、ペンションの庭のひまわり畑、昨日の夕食時に間宮を交えて撮影した集合写真などが並んでいる。
昨夜はまだ誰も欠けていなかった。この集合写真の隅で憮然とした顔で写る竹本晴也はもういない。

 上野刑事を除けば、戦地を知る松下は人の死にはここにいる誰よりも免疫があり慣れているつもりでいた。酷い状態となった死体を数えきれないほど見てきた。
上野も松下の戦場カメラマンの経歴を知った上で、事件現場の撮影を依頼したのだ。

 それでも気が滅入る。本音を言えば、二度と目の前で死体を見たくないから戦場カメラマンを引退したのに……。

アルコールを摂取しなければ今夜は眠れそうもない。ビールの中身が半分以下になったところで彼は閲覧していたデータの、ある一枚に目を留めた。

『これは……』
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