早河シリーズ序章【白昼夢】
 松下淳司の死で事件の様相は一変した。
竹本に続き、松下が殺された。これは連続殺人事件だ。

 昨日と同じくペンションにいる全員が広間に集められた。昨日と違うことは昨日ここにいたカメラマンの松下淳司は帰らぬ人となっている。

『松下さんの死因は絞殺、カメラのベルトで首を絞められていました。死亡推定時刻は深夜0時から3時頃かと思われます。松下さんの部屋の鍵は開いたままになっていました』

 上野が松下の殺害状況を説明する。現場となった204号室の前には今は近くの交番の巡査が見張りについていた。

『殺害現場が彼の部屋ならば何者かが深夜に松下くんの部屋を訪ねて殺害した……と言うことだね』

松下殺害の一報を聞き付けて朝食の最中に自室から出て来た間宮誠治は何が面白いのか、にやついた口元周りの豊かな髭を触っていた。彼は腐っても推理小説家なのだろう。

『じゃあ俺達学生メンバーはシロですね。俺達は松下さんとは今回初めて会ったんです。たった2日で夜中に部屋を訪ねていけるほどの仲にはなりませんよ』

渡辺の主張を聞いた上野は否定の意味を込めて首を横に振った。

『渡辺さんの仰るように出版社の方以外の学生の皆さんは松下さんとは今回が初対面だったかもしれません。しかしそう見せかけて以前から松下さんと知り合いだった誰かがいる可能性も否定できない。現時点で学生の皆さんを容疑から外すわけにはいきません』

 広間に静寂が訪れる。第一の殺人に続いて第二の殺人、今回は館内での事件だ。
非現実的な現実を突きつけられて放心状態の彼らの誰もがテーブルに並ぶアイスコーヒーや麦茶に手をつけない。飲み物を飲むことさえ、躊躇《ためら》われた。
静まる広間に今度は誰かの唸る声が響く。

「もう嫌よ……こんなの」

 唸り声の主は佐々木里奈だ。派手なメイクで覆われた彼女の目の下にはメイクでは誤魔化しきれないクマが現れていた。

『どうした?』

隣で頭を抱える里奈の肩を隼人が抱くが、里奈の肩は小刻みに震えている。

「なんなのよ……! こんな立て続けに二人も殺されるなんて……。しかも出たくてもここから出られないのに! 犯人は誰なのよ! 黙ってないで名乗り出なさいよ!」

ソファーから立ち上がりヒステリックに叫ぶ里奈に全員の視線が集まった。

『里奈、落ち着け』

隼人が里奈の腕を掴んでも里奈はそれを振りほどく。隼人にぞっこんだった里奈が彼の手を振り払うなど初めてのことだ。

「離して! そうよ、もしかしたら隼人が犯人かもしれないじゃない!」
『あのなぁ。お前本気で言ってんのか?』
「こんな状況になったら誰も信用できないわよ!」

困惑する一同をよそに里奈は悲鳴に似た叫び声をあげて広間を走り去った。

「里奈、大丈夫かな」
「里奈先輩ってあれでけっこう神経質なとこありますよね」
『放っておけよ。里奈は何かあるとすぐヒステリー起こすんだ。喚《わめい》いたってどうにもならねぇのに』

 里奈を心配する麻衣子とあかりとは対照的に隼人は呆れた顔で広間の閉ざされた扉を横目に見ていた。
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