早河シリーズ序章【白昼夢】
 隼人は夏の日差しに手をかざす。

考えなければならないこと、考えなくてもいいこと、考えずにはいられないこと、思考の選択は自由にできるようで自由にできない。
考えたくないのに考えてしまうことが人間には多くある。

『お前が俺をどう評価してるかは知らないが、現実の殺人事件に関して俺は素人だ。あの刑事に任せるしかない』
「現実は小説のように名探偵が出てすぐに事件解決とはいきませんよね」
『沢井はどう思う? 松下さんの件はともかく竹本の事件については』

あかりの隣に隼人が並ぶ。小柄なあかりと同じ程の背丈のひまわりが風に揺れていた。

「私は竹本くんが殺されている現場を見ていないので実感がない、と言うのが本音です」
『実感って……竹本が死んだことが?』

あかりは頷いた。彼女は竹本の死体を見る前にペンションに戻っている。

「竹本くんだけじゃなく松下さんも、急にいなくなってしまったけどそれも彼らだけ東京に帰っただけなんじゃないかとか、そう思えてきて。きっと二人の死体を見れば、ああ、死んじゃったんだなと思うでしょうね。だけど実際に最期の姿を私は見ていないから、まだ二人はどこかで生きているのかも……なんて、なんだか言い様のない不思議な気持ちなんです」

あかりの反応は当然なのだろう。死体を見なければ現実に起きた殺人を実感することも難しい。

「でも人が人を殺すって……よほどの理由があったんでしょうね」

 すぐ側のひまわりにあかりは触れる。南の空へだんだん高くに昇っていく太陽の反対側には隼人とあかりの二つの影法師が重なって伸びていた。

「このひまわり畑、最初に作ったのは私と美月ちゃんなんですよ」
『へぇ。沢井はいつからこのペンションに来るようになったんだ?』
「高校一年の夏休みに間宮先生に連れられて初めて来ました。その時にご両親とこっちに来ていた美月ちゃんと知り合って、滞在中は美月ちゃんの妹さんも一緒にみんなで遊んでいたんです。このひまわり畑も一緒に作って……楽しかったなぁ」

 ひまわりに手を伸ばすあかりか微笑んだ時、太陽が雲に隠されて一瞬だけ陽が翳《かげ》った。
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