早河シリーズ序章【白昼夢】
 海岸まで散歩に出掛けた美月は空を見上げる。青い空はどこまでも澄みきっていて海は穏やかに波打っていた。

(ペンションにいる人達の中に二人の人間を殺した犯人がいるのかなぁ)

 彼女は深呼吸をして清々しい空気を目一杯吸い込んだ。今朝の松下の死体発見騒ぎで滅入った気分を海を見て落ち着かせたかった。

 人影が美月の背後に忍び寄る。人の気配を感じて振り向いてもそこには誰もいなかった。

(なんだろう今の感じ……。誰かに見られていたような。気のせい?)

思い過ごしでも気味が悪い。あまり長居はしていられない。上野刑事にも長時間のひとりでの外出は避けるよう言われている。

 妙な気配を不審に思いながら美月は遊歩道に繋がる階段を上がって歩道に出た。

「きゃっ……!」

美月の短い悲鳴と同時に波がざわめき、風が鳴いた。


 ──“冷たい”それが意識を取り戻した時に美月が最初に感じたことだ。頭がくらくらして視界がぼんやりぼやけている。

(……ここどこ?)

 薄暗い部屋だった。少しずつぼやけた視界がはっきりしてくると見えてきたのは灰色の剥き出しのコンクリートの壁と床。
冷たいと感じたのは何も敷かれていない床の上に寝ているからだ。露出した腕や脚にひやりとしたコンクリートの質感が伝わる。

今は真夏のはずだがこの空間は少し肌寒い。まるで地下室……そう、陽の光の届かない暗い地下室に閉じ込められているみたいだった。

 起き上がろうとしても体を上手くうごかせない。

「……なんなの……これ……」

驚きで出した声は反響していた。声を出すことはできても、手足が動かせない。紐か何かで縛られていた。

(これは夢? だって私はさっきまで海岸に……)

『お目覚めかい?』

 どこかで声が聞こえる。視線を上げると全身に黒い服を纏い、白い“仮面”をつけた人物が椅子に座っていた。美月は直感的にその人を男性だと察する。

「……誰?」

仮面の男は美月の問いかけには答えず立ち上がり、彼女の傍らに屈み込む。男は仮面に開けられた二つの眼の奥から美月を見つめた。
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