早河シリーズ序章【白昼夢】
第三章 真夏の夜の夢
『脈はしっかりしています。大丈夫、美月ちゃんは生きています』

 美月の脈を確認した上野刑事の報告を聞いて佐藤と隼人は胸を撫で下ろした。

美月の発見の連絡を受けて駆けつけた上野刑事、福山編集長、渡辺、青木、そして発見者の佐藤と隼人、捜索隊の全員が公園に集まっていた。

 佐藤と隼人は美月の生死を確認したい気持ちがあったが、もしもの場合を考えた時の絶望感が恐ろしく、木箱の中の彼女に手を触れることも出来なかった。上野が美月の脈を確認してようやく安堵する。

 上野は美月の全身を素早く観察する。美月の周りに埋め尽くされた薔薇は棘のある茎や葉はすべて切除され、赤い花の部分だけが彼女を包んでいる。かすかに薔薇の香りが漂っていた。

『見たところ外傷はなさそうですね。薬を嗅がされたのか、睡眠薬を飲まされたのかは定かではありませんが、眠っているだけでしょう。しかしこれは一体……いや、とにかく彼女をペンションに運びましょう』
『俺が運びますよ』

 木箱で眠る美月を隼人と上野の二人がかりで地面に屈む佐藤の背中に乗せた。箱に一緒に入っていた美月のポシェットとサンダルは隼人が回収した。

上野は木箱を調べるためにその場に残り、他の者達は美月を運ぶ佐藤と隼人に続いてペンションに繋がる道を辿る。

(ああ……この香り……)

 ふわふわとする意識の片隅で美月は追憶の夢を見た。

 夢うつつに思い出した風景はひらひら、ひらひら、桜が舞って、ふわふわ、ふわふわ、優しい風が吹いていた

春……桜の花びら……街がピンク色に染まって
お父さんとお母さんがいて
“おじさん”が笑っていた

(これは夢?)

 あれは小学校に上がる年の春
桜の木の下であのおじさんと出会った
知らないおじさん

なにしてるの? と私が聞くとおじさんは優しい声で空を見ているんだよと答えた

でもおじさんは哀しい目をしていた
哀しい目をして優しく笑う人だった
おじさんの目を哀しくさせている理由を私は知らない

 あのおじさんは今頃どこにいるのかな
ピンク色の優しい記憶──。

 美月は目を開けた。見慣れた天井が視界に飛び込んでくる。

(ここ……私の部屋?)

「美月っ!」
「おば……さん?」

ぼやけて霞む視界の隅に叔母の冴子の顔があった。

「ああ……よかった」
「叔母さん……私……」

(ダメだ。まだよくわからない)

 朦朧とする意識を抱えて美月はまた夢の世界へ落ちていった。
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