早河シリーズ序章【白昼夢】
 光って何だろう
 闇って何だろう
 正反対って何だろう

 何と何が正反対?

 光と闇、白と黒、善と悪
 生と死、真実と嘘、男と女
 神と悪魔、自然と人工、有彩と無彩

 この世は相反するもので溢れている
 それらは本当に正反対?
 もとはひとつではなかったの?

 どちらを選んだのか
 どちらを主体に生きていくのか
 ただそれだけのこと

 どうしてこんなことを考えているの?
 ああ、そうだ。あの人が言っていたから
 あの人って誰?
 仮面をつけた不気味で不思議な人

 怖い? 怖くない?
 誰かに似ていた。誰に?
 わからない わからない

 灰色の視界が赤く染まる
 あかい、あかい、すべてがあかい……

 ──美月が再び目覚めた時には部屋は夕日で赤く染まっていた。ベッドから起き上がると頭がくらくらする。身体がだるくて重い。

「美月ちゃん起きたのね」

 部屋のソファーに麻衣子が座っていた。彼女は読んでいた本を閉じてベッドの傍らにやって来る。

「麻衣子さん? どうしてここに……」
「美月ちゃんが目を覚ましたらすぐに知らせられるように、あかりちゃんと私で交代で付き添っていたの。気分はどう?」
「少し頭がくらくらしますけど……大丈夫です」

麻衣子が美月の額に手を添える。額には熱冷ましの冷却シートが貼られていて、麻衣子がそれを優しく剥がした。

「もうすぐ夕食の時間になるけど食欲ある?」
「あ……! そうだ、私お昼ご飯も食べてない。お腹空いたぁ」

美月の言葉と同時に美月のお腹も空腹の音を立てた。麻衣子が笑い、美月も恥ずかしげにはにかんでベッドを降りた。

        *

「美月ちゃん! 大丈夫?」

 キッチンで夕食を作る冴子の手伝いをしていたあかりが麻衣子に付き添われてダイニングに入ってきた美月に駆け寄る。沖田夫妻も美月に駆け寄り、彼女を抱き締めた。

「叔父さん、叔母さん、心配かけてごめんなさい」
『美月が無事ならそれでいいんだよ』
「そうよ。お腹空いたでしょう? 座りなさい」

冴子は美月をダイニングに集まる宿泊者達と同じテーブルに着席させた。美月の隣にはあかりが座り、美月の前には隼人がいる。

(なんで席が木村さんの前なんだろう。ちょっと気まずい)

美月の心中を知らない隼人はお得意のポーカーフェイスで前菜のサラダに手をつけていた。

『皆さんが美月を捜してくれたんだよ。お礼を言いなさい』
「えっと……皆さんありがとうございました。ご迷惑おかけしてごめんなさい」

 沖田に言われて美月は一度立ち上がり、ダイニングを見渡して頭を下げた。頭を下げたタイミングでまた空腹を告げる腹の虫が鳴ってしまい、恥ずかしさに顔を赤らめる美月を見てダイニングに温かな笑いが起きる。

 今朝の松下淳司の死体発見や美月の行方不明騒動で慌ただしかった8月6日、三日目の夕食が始まった。今夜のメニューはビーフシチューだ。
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