早河シリーズ序章【白昼夢】
夕食後、上野が美月に今日の出来事の経緯を尋ねる。食事を終えた他の者達も美月の話に興味があるようで、ヒステリーを起こして自室に閉じ籠っている佐々木里奈を除く全員が広間に移動して美月の話に耳を傾けた。
『じゃあ海岸からペンションに戻る途中で誰かに連れ去られたんだね?』
「はい。後ろから口を塞がれたところまでは覚えているんですけど……。気づいたらコンクリートの部屋みたいな場所にいました」
広間の一人掛けソファーに座る美月の斜め向かいに上野が座り、彼は膝の上に広げた手帳に美月の話を記入する。
『犯人の顔は見た?』
「犯人……というか、その部屋に男の人がいました。真っ黒な服を着て仮面をつけて…」
『仮面?』
奇妙なワードに上野は眉をひそめる。立ち上がった美月は広間の棚にセットしてあるメモ用紙とボールペンを持って席に戻る。
彼女はメモ用紙にボールペンを走らせて記憶に印象付いて離れないあの仮面の絵をラフに描いた。
「オペラ座の怪人の仮面に似ている真っ白な仮面でした。あとその人は自分のことをキングと名乗っていました」
『キング? 男はそう名乗ったのかい?』
美月が描いた仮面の絵を見ていた上野の顔つきが険しくなる。思わず身を乗り出した彼に気圧されて美月は控えめに頷いた。
「その……私が何の王なの? と聞くと闇の王だって言って、変なこと言う人だなと思いましたけど冗談で言っているとは思えなくて、あれは本気で言っていたんじゃないかな」
『男は他に何か言っていた? 美月ちゃんを連れ去った目的や……』
「目的は私と話をすることで、それは私が自分と正反対の位置にいるからだって」
『正反対の位置? それはどんな意味かわかる?』
美月はわずかに首を傾げる。広間にいる全員が美月に注目していた。
「その人はそのままの意味だと言っていました。きっと人生や生き方のことじゃないかな。光と闇と、表と裏と、どちらを主体にして生きていくのか……なんだか哲学っぽいことを言っていました」
あの仮面の男と交わした禅門答の会話。質問は質問で返されいつまでも答えが出ない迷宮の話術。
灰色の世界で交わした不思議な会話は印象的で忘れることはできない。
美月の話を聞いた上野は黙考していた。しばらく誰も口を開かなかったが、やがてまた上野が質問を返す。
『他にその人のことで覚えていることはある?』
「……声。声が優しかったんです。口調も穏やかだったから仮面は不気味なのに怖くなくて。変なことは言うけど言ってることの意味はなんとなくわかるし、変質者や狂ってる人とも違う気がしました」
『そうか……うん。ありがとう。今日は疲れているだろうからゆっくり休んでね』
あれから何年も経っている。そんなはずはない。
心に浮かぶ新たな疑念を振り払うように上野は手帳を静かに閉じた。
『じゃあ海岸からペンションに戻る途中で誰かに連れ去られたんだね?』
「はい。後ろから口を塞がれたところまでは覚えているんですけど……。気づいたらコンクリートの部屋みたいな場所にいました」
広間の一人掛けソファーに座る美月の斜め向かいに上野が座り、彼は膝の上に広げた手帳に美月の話を記入する。
『犯人の顔は見た?』
「犯人……というか、その部屋に男の人がいました。真っ黒な服を着て仮面をつけて…」
『仮面?』
奇妙なワードに上野は眉をひそめる。立ち上がった美月は広間の棚にセットしてあるメモ用紙とボールペンを持って席に戻る。
彼女はメモ用紙にボールペンを走らせて記憶に印象付いて離れないあの仮面の絵をラフに描いた。
「オペラ座の怪人の仮面に似ている真っ白な仮面でした。あとその人は自分のことをキングと名乗っていました」
『キング? 男はそう名乗ったのかい?』
美月が描いた仮面の絵を見ていた上野の顔つきが険しくなる。思わず身を乗り出した彼に気圧されて美月は控えめに頷いた。
「その……私が何の王なの? と聞くと闇の王だって言って、変なこと言う人だなと思いましたけど冗談で言っているとは思えなくて、あれは本気で言っていたんじゃないかな」
『男は他に何か言っていた? 美月ちゃんを連れ去った目的や……』
「目的は私と話をすることで、それは私が自分と正反対の位置にいるからだって」
『正反対の位置? それはどんな意味かわかる?』
美月はわずかに首を傾げる。広間にいる全員が美月に注目していた。
「その人はそのままの意味だと言っていました。きっと人生や生き方のことじゃないかな。光と闇と、表と裏と、どちらを主体にして生きていくのか……なんだか哲学っぽいことを言っていました」
あの仮面の男と交わした禅門答の会話。質問は質問で返されいつまでも答えが出ない迷宮の話術。
灰色の世界で交わした不思議な会話は印象的で忘れることはできない。
美月の話を聞いた上野は黙考していた。しばらく誰も口を開かなかったが、やがてまた上野が質問を返す。
『他にその人のことで覚えていることはある?』
「……声。声が優しかったんです。口調も穏やかだったから仮面は不気味なのに怖くなくて。変なことは言うけど言ってることの意味はなんとなくわかるし、変質者や狂ってる人とも違う気がしました」
『そうか……うん。ありがとう。今日は疲れているだろうからゆっくり休んでね』
あれから何年も経っている。そんなはずはない。
心に浮かぶ新たな疑念を振り払うように上野は手帳を静かに閉じた。