早河シリーズ序章【白昼夢】
午後8時40分[東側一階 ラウンジ]

 美月とあかりがラウンジに入ると、ラウンジではソファー席で佐藤と隼人がチェスの対戦をしていた。渡辺がビールを片手に彼らの対戦を見物している。

「なんか二人仲良くなってません?」

昨日は一触即発の雰囲気だった佐藤と隼人が今は親しげにチェス盤を囲んでいる光景に美月は唖然とした。

『喧嘩の後の友情ってヤツだよ』

黒いチェス駒を動かしながら隼人が美月に笑いかける。その余裕な笑顔が実に憎らしい。

「なにそれ。よくわかんない」
『じゃあ美月ちゃんファンクラブの仲間って言えばわかる?』
「それ余計にわかんないっ!」

美月はからかい口調の隼人に頬を膨らませた。拗ねた美月を見て隼人だけでなく佐藤や渡辺、あかりも笑っていた。

 ラウンジの冷蔵庫の飲み物は自由に取り出せる。佐藤と隼人はアイスコーヒー、あかりはビールを飲む渡辺にアルコールをすすめられたが断って、美月と同じアイスレモンティーをグラスに注いだ。

美月とあかりもソファーに座って佐藤と隼人の対戦を見物する。チェスのルールを知らない美月にあかりと渡辺がルールや用語、今どちらが優勢なのか教えてくれた。

(白と黒……正反対……)

 白と黒のチェス盤の上で動かされていく白黒のチェス駒を眺めているうちに、今日のあのキングと名乗る仮面の男のことを思い出した。

(あの人は何者なんだろう。どうして私を?)

 コンクリートの灰色の部屋で美月の記憶は途切れている。次に記憶が繋がるのは夕焼け色に染まる自室の赤い天井だった。
その間の記憶は眠っていたおかげでぽっかりと抜け落ちている。

自分が見つかった場所はキングと会った灰色の部屋ではなく海岸沿いの公園だそうだが、それ以上の情報を美月は知らない。上野や他の者達に詳しく聞こうとしても曖昧にはぐらかされてしまった。

「美月ちゃん、ボーッとしてどうしたの?」
「えっ……?」

 黙然《もくぜん》としていた美月の顔の前であかりが手を左右に振っていた。その手も見えないくらいに意識がここではない別の場所に移動していた美月は我に返る。
あかりや渡辺、チェスの対戦中の佐藤と隼人も対戦を中断してこちらを見ていた。

「まだ気分悪い?」
「ううん。考え事していただけ」

明るく笑って見せても、笑顔がひきつっていることは自分でも承知していた。

(もうあの人には会えないのかなぁ。また会いたいと思ってるのはどうして?)

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