早河シリーズ序章【白昼夢】
 これがフィクションの世界ならば隼人ほど探偵役にうってつけの人材はいない。

『犯人はお前か?』
『ちょ、よせよ。マジに言ってるのか?』

犯人に名指しされて渡辺は取り乱す。顔は笑っていても内心は穏やかではいられなかった。

『冗談だよ。真に受けるな』
『隼人が言うと冗談に聞こえねぇよ』

真顔でお前が犯人かと言われれば誰でも焦る。探偵役の思いがけない一言は心臓に悪い。

『おふざけはこの辺にしておくとして。わかっていることは犯人の狙いは最初から竹本ひとりだった』
『どうしてそう思う?』
『殺害方法と計画性だ。竹本はガレージに呼び出してナイフでめった刺し、後の二人は部屋で絞殺。明らかに竹本以外の松下さんと間宮先生の殺害は犯人にとって不測の事態の犯行だったとしか思えない』
『動機は? 竹本狙いなのはわかるが、そうなると俺達学生メンバーが一番怪しいってことになっちまう』

 隼人は腕組みをしたまま足元を見下ろした。
竹本を殺す動機を持つ者は、本当に学生メンバーだけ?

『そうとも限らない。見えない繋がりがあるとしたら?』
『見えない繋がりって竹本と犯人に?』
『そうだ。竹本と犯人Aは一見すると無関係に見える。だがそこに何か……例えば4年前の竹本の補導に関してだとか、第三者には知りようがない隠れた因縁でもあれば、容疑者は俺たち学生メンバーだけではなくなる。あの出版社の福山さんや佐藤さん、疑いたくはないがここのオーナー夫妻も』
『美月ちゃんも?』

さっき動揺させられた渡辺のささやかな仕返しに彼は美月の名前をわざと挙げた。隼人は鼻を鳴らして憮然とする。

『あの子は犯人じゃない』
『エコ贔屓だな。少なくとも公平な判断じゃない』
『贔屓でもねぇよ。竹本の死体を発見した時の美月ちゃんの様子はどう見ても怯えていた。あれが演技ならあの子の演技力は相当だぞ』
『んー。確かに。けど見えない繋がりってなると……キリがないな』

 音を上げる渡辺を横目に、隼人はまた黙考した。

『それにどうしてこんな辺鄙《へんぴ》な場所で殺したんだ? こんな特定の人間しかいない場所で殺るよりも街で通り魔に見せかける方が捕まる率は低いと思う』

渡辺の意見に隼人も頷いた。
そう、それをずっと考えている。
何故ここで?

『犯人は最初から逃げる気がないのかもしれない』

 隼人の中でひとつの仮説が浮上する。それは渡辺には見えていないもの。隼人だけが見えているもの。
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