早河シリーズ序章【白昼夢】
 麻衣子の必死の作り笑いを見ることが隼人には辛かった。どうすることもできない。こればかりは。

『処女はお前を真剣に愛してる奴にくれてやれ。早まるな。何事も焦っていいことはない』
「ちょっとなんで知って……じゃなくて、それを隼人が大真面目に言うかなぁ。愛なんて信じてないくせに」

麻衣子が苦笑して隼人の胸元を軽く叩く。女なら見境ない隼人が言うセリフにしてはあまりにも説得力に欠ける。
隼人は得意気に口元を上げた。

『そうでもないぞ? 昨日から愛と言うものについて考察中』
「ふぅん。……あのさ、隼人は美月ちゃんが好きなの?」

 笑っていた隼人が一瞬目をそらす。普段はポーカーフェイスの彼も幼なじみの前ではその仮面が崩れてしまう。

「アタリ? わかりやすーい」
『はぁー……。亮も同じ事言ってた。なんでお前らにはわかるんだよ』
「幼稚園から一緒にいる幼なじみですからね。見てればわかるよ」
『そのセリフまで亮と同じ』

 隼人と麻衣子が笑い合っていた時だ。何かが割れる大きな音がした。

「今の音って……」
『奥から聞こえたな』

廊下を奥に向けて歩く隼人、隼人の後ろをついていく麻衣子。すぐに208号室、渡辺亮の部屋の扉が開いた。

『おお、隼人。麻衣子も。今、皿が割れたみたいな、でかい音しなかった?』

扉から顔を覗かせた渡辺を隼人は一瞥してその隣、207号室の前で立ち止まる。

『まさかさっきの音って里奈の部屋?』
『亮でもないなら残るのは俺と里奈の部屋しかない。おい里奈、大丈夫か?』

隼人が207号室の扉を叩くが返事はない。しばらくその場で待ってみたが状況は変わらずだ。
あの物音が里奈の部屋からだとすれば彼女の身に何かが起きている。

『オーナーと上野さんを呼ぼう。俺がオーナー呼びに行くから麻衣子は上野さんを、亮はここに居てくれ。待ってる間にもし変わったことがあれば大声で知らせろ。いいな?』

 隼人は渡辺に言い含み、隼人の指示で麻衣子は階段を挟んで向こうの西側にある上野刑事の部屋に向かった。

 階下に降りた隼人が207号室の合鍵を持った沖田オーナーを連れてまた二階へ上がると、207号室の前にはすでに麻衣子に呼ばれた上野刑事が待っていた。

 合鍵を使って里奈の部屋、207号室の扉が開かれる。
隼人達が目にした光景は部屋に散乱した硝子の破片。調度品として飾られていた硝子の花瓶が床の上で粉々に砕けている。

白いシーツが赤く染まるベッドの上でだらりと片手を投げ出して、里奈は目を閉じていた。
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