早河シリーズ序章【白昼夢】
午前11時45分[広間]

『佐々木先輩はリストカットですか……。今日も散々な日ですね』

 銀縁の眼鏡を神経質そうに押し上げた青木渡が小さく呟いた。
広間には青木の他に、隼人、渡辺、福山編集長、佐藤が集まっている。

 里奈は割れた花瓶の破片で手首を切った。発見時に里奈の意識はなかったが、上野が止血を行い、手首の傷も深くなかったことが幸いして命に別状はないとのことだ。

近くの病院から呼んだ町医者に精神安定剤を処方された里奈は空室だった213号室に移り、安静にしている。

『隼人、お前一応は里奈の彼氏だろ。付き添ってやらなくていいのか?』
『あいつが部屋にいないでくれって言ったんだ。カッコ悪いとこ見られたくないんだろ』

 里奈の自殺未遂騒ぎで隼人は精神も身体も疲弊していた。
部屋を血で汚してしまったことをオーナー夫妻に詫び、里奈が割った花瓶の片付けや部屋の掃除を渡辺達と行ってようやく一息つけたかと思えばもう正午が近い。

 当の里奈は意識が目覚めて安定剤を処方された後もしばらくは精神が錯乱していた。隼人の顔を見れば八つ当たりのように罵声を口にする里奈とはこちらも一緒にいたくない。

 治まっていた頭痛をまた感じて隼人は疲れた身体をソファーに預けた。彼はそのまま広間に集まる面々の表情を観察する。

 青木は携帯電話に視線を落とし、福山と佐藤はコーヒーを飲みながら言葉少なげに会話をしている。里奈の部屋の掃除を共に行った渡辺もかなり疲れている様子で広間のテレビに目を向けていた。テレビではニュースが流れている。
誰も彼もが憂鬱な表情だ。
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