早河シリーズ序章【白昼夢】
 弱い雨粒が傘の上で踊る。晴れ間の見えていたのも束の間、昼を過ぎると空はまた灰色の雲に覆われ始めた。
沖田オーナーから借りたビニール傘を差した木村隼人はペンション裏手のガレージの前に佇んでいる。

 竹本晴也の遺体は一時は交番に安直されていたが、今は近くの個人病院に移されているらしい。その後に殺された松下淳司と間宮誠治の遺体も同様だ。

静岡県警が到着するまでの現場保存のため、流れ出た血は拭き取らずにガレージの床に黒ずんだ汚れとして残っている。死体発見時と異なるのはここに竹本の死体がないことだけ。

『片桐彩乃か……』

 その女性の名前を呟いた。重たい感情が腹の底から込み上げてくる。
隼人が指摘した“見えない繋がり”を決定付ける鍵が4年前の強姦事件と被害者の片桐彩乃の自殺……。
素人が探偵の真似事など現実ではそう上手くいかない。たったこれだけの手がかりで犯人を名指しするなんて自分には不可能だ。

それでも気になってしまう
どうして殺す選択をしたのか。

 竹本が殺された8月4日の夜は大雨だった。雷が轟き、風も強かった記憶がある。犯人はそんな豪雨の夜にここに竹本を呼び出し、殺した。

(竹本はこんな場所に呼び出されて不審に思わなかったんだろうか。わざわざ夜中の、それも雨の降る中で呼び出されて……いや、呼び出されたとは限らない? 竹本から犯人を呼び出した?)

犯人が待ち合わせ場所にガレージを指定した場合、
竹本が待ち合わせ場所にガレージを指定した場合、
どこか別の場所で落ち合い、犯人と竹本が連れ立ってガレージに向かった場所、
考えうるだけの様々なパターンを想定してみるが、答えは出ない。
とにかく思考を先に進めよう。

 隼人は犯人の動きを追ってみる。左手にはペンションに繋がる小道があった。雨水の流れるアスファルトの上を歩いてペンションのゴミ捨て場へ。すぐ側の雑木林の木々が雨に打たれてざわついていた。

 血のついたレインコートに手袋、長靴を入れた袋がここに捨てられていたことは上野刑事に聞いている。それを発見したのは美月だ。

(ガレージからここまで約2分。ここでレインコートと靴を脱いで……)

 隼人は腕時計から視線を離して振り向いた。一枚の扉がある。ペンションの裏口だ。
おそらくあの裏口から犯人は再び館内に戻ったのだろう。もしかすると犯人は行きも帰りもこの裏口を使ったのかもしれない。

裏口は一階西側のキッチンに続いているが、夜中ではキッチンを使用するオーナー夫妻も就寝中。あらかじめ鍵を開けておけば裏口からの出入りは容易い。

(だけどそうなると、犯人は妙にペンションの構造に詳しい気もする。ここに来てわずか一日で裏口とガレージの位置関係の把握ができるか? 渡された館内見取り図にはガレージの場所までは書いてなかったよな)

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