早河シリーズ序章【白昼夢】
[東・208号室 渡辺の部屋]
渡辺亮は隣で目を閉じて眠る沢井あかりの髪に触れた。柔らかな質感の髪をゆっくり梳く。
3ヶ月前にあかりに告白された時、悪い気はしなかった。あかりはサークル内でも特に親しくしていた後輩だ。
交際以前から休日に二人で映画に行ったり食事をする機会も時折あった。
幼なじみの麻衣子を好きな気持ちはあってもあかりを愛しいと思う。これまで付き合ってきた過去の恋人たちともそうだった。
麻衣子を好きな気持ちを残しながら他の女を愛してきた。きっと、これからもずっと。
(俺は隼人とはまた違った恋愛のスレ方してるよなぁ)
その隼人はどうやら美月に真剣に惚れてしまったようだ。遊びの関係ならともかく、本気の恋愛をしたことのない隼人が美月との今後をどう考えているのか、幼なじみとしては多少気がかりではある。
閉ざされていたあかりの瞼が上がる。黒目がちのぱっちりとした瞳が渡辺を捉えた。
『おはよ。少しは気分良くなった?』
「……うん」
ベッドの中で身動ぎしたあかりが渡辺に身を寄せる。彼の素肌に触れていると、とてもホッとした。
『間宮先生が亡くなってショックだよな。あかりは間宮先生とは付き合い長いだろ?』
「先生には小さい頃から可愛がってもらってた。偏屈なとこもあったけど優しい人だったの。まだ先生が亡くなったなんて信じられない」
心にぽっかり空いた空虚を埋めるように、あかりは渡辺を求め、渡辺もあかりを受け止めた。
懇意の間柄だった人の死を知った直後でも止まらない情欲はおそらく本能的なもの。
そう、今の二人はただの雄と雌。
渡辺とあかりは至近距離で目を合わせる。
『お前……竹本が殺された夜は部屋に居たよな?』
甘美な時間の最中に聞くべきことではないと重々承知で渡辺は尋ねた。あかりは黒目がちの目を何度かまばたきさせて、わずかに首を傾げる。
「そうよ。あの日はあなたの部屋を出てからそのまま自分の部屋に戻った」
『……だよな』
クスリと笑みを宿したあかりは仰向けに寝そべる彼の身体の上に跨がった。こちらを見下ろす彼女の表情にはいつもの純朴さは欠片もなく、むしろ艶やかで色っぽい。
あかりはたまにこんな顔をする。まるで生娘が遊女に変貌を遂げたかのように。
「まさか私を疑ってるの?」
『まさか。あかりが竹本を殺すとも思えねぇし……ましてや間宮先生を殺すわけないよな』
妖艶な顔を見せるあかりの太すぎず、細すぎもしない健康的な腰のラインを彼は指で撫でた。くすぐったそうに身をよじるあかりは身体を前に倒し、渡辺と鼻先同士を擦り付けて見つめ合う。
「あなたも犯人じゃないんでしょ?」
『もし俺が犯人だったらどうする?』
「んー……どうしようかな。大切な間宮先生を殺した仇討ちでもしちゃおうかな?」
『ははっ。それは怖いな』
どこまでが本気でどこまでが冗談? それを知るのは本人だけ。二人は微笑んだ後に長い永いキスを交わした。
それぞれの脳裏に描かれる事件の構造
見えている者、見えていない者
知っている者、知らない者
ひとつひとつのパズルのピースがあるべき場所に嵌まる時、そこに現れるものは何?
真実? 絶望? 安堵? 空虚?
真実のパズルのピースが嵌まる瞬間が刻々と近付いていた。
渡辺亮は隣で目を閉じて眠る沢井あかりの髪に触れた。柔らかな質感の髪をゆっくり梳く。
3ヶ月前にあかりに告白された時、悪い気はしなかった。あかりはサークル内でも特に親しくしていた後輩だ。
交際以前から休日に二人で映画に行ったり食事をする機会も時折あった。
幼なじみの麻衣子を好きな気持ちはあってもあかりを愛しいと思う。これまで付き合ってきた過去の恋人たちともそうだった。
麻衣子を好きな気持ちを残しながら他の女を愛してきた。きっと、これからもずっと。
(俺は隼人とはまた違った恋愛のスレ方してるよなぁ)
その隼人はどうやら美月に真剣に惚れてしまったようだ。遊びの関係ならともかく、本気の恋愛をしたことのない隼人が美月との今後をどう考えているのか、幼なじみとしては多少気がかりではある。
閉ざされていたあかりの瞼が上がる。黒目がちのぱっちりとした瞳が渡辺を捉えた。
『おはよ。少しは気分良くなった?』
「……うん」
ベッドの中で身動ぎしたあかりが渡辺に身を寄せる。彼の素肌に触れていると、とてもホッとした。
『間宮先生が亡くなってショックだよな。あかりは間宮先生とは付き合い長いだろ?』
「先生には小さい頃から可愛がってもらってた。偏屈なとこもあったけど優しい人だったの。まだ先生が亡くなったなんて信じられない」
心にぽっかり空いた空虚を埋めるように、あかりは渡辺を求め、渡辺もあかりを受け止めた。
懇意の間柄だった人の死を知った直後でも止まらない情欲はおそらく本能的なもの。
そう、今の二人はただの雄と雌。
渡辺とあかりは至近距離で目を合わせる。
『お前……竹本が殺された夜は部屋に居たよな?』
甘美な時間の最中に聞くべきことではないと重々承知で渡辺は尋ねた。あかりは黒目がちの目を何度かまばたきさせて、わずかに首を傾げる。
「そうよ。あの日はあなたの部屋を出てからそのまま自分の部屋に戻った」
『……だよな』
クスリと笑みを宿したあかりは仰向けに寝そべる彼の身体の上に跨がった。こちらを見下ろす彼女の表情にはいつもの純朴さは欠片もなく、むしろ艶やかで色っぽい。
あかりはたまにこんな顔をする。まるで生娘が遊女に変貌を遂げたかのように。
「まさか私を疑ってるの?」
『まさか。あかりが竹本を殺すとも思えねぇし……ましてや間宮先生を殺すわけないよな』
妖艶な顔を見せるあかりの太すぎず、細すぎもしない健康的な腰のラインを彼は指で撫でた。くすぐったそうに身をよじるあかりは身体を前に倒し、渡辺と鼻先同士を擦り付けて見つめ合う。
「あなたも犯人じゃないんでしょ?」
『もし俺が犯人だったらどうする?』
「んー……どうしようかな。大切な間宮先生を殺した仇討ちでもしちゃおうかな?」
『ははっ。それは怖いな』
どこまでが本気でどこまでが冗談? それを知るのは本人だけ。二人は微笑んだ後に長い永いキスを交わした。
それぞれの脳裏に描かれる事件の構造
見えている者、見えていない者
知っている者、知らない者
ひとつひとつのパズルのピースがあるべき場所に嵌まる時、そこに現れるものは何?
真実? 絶望? 安堵? 空虚?
真実のパズルのピースが嵌まる瞬間が刻々と近付いていた。