早河シリーズ序章【白昼夢】
午後6時30分[西・205号室 上野の部屋]

 上野刑事はある人物について考えを巡らせていた。部下の早河刑事や香道刑事がこれまでに集めてきた情報を頭の中で整理する。

もしも“あの人”が犯人ならば動機は4年前に竹本晴也に強姦を受けて自殺した片桐彩乃の復讐でほぼ間違いない。
だがレインコートや証拠品の処分の仕方が気になる。まさかあの人は……。

 早河刑事からまた連絡が来た。上野は携帯電話を片耳に当てる。

{奴についてですが、情報屋の矢野が奴を知っていました。奴は情報屋の間じゃちょっとした有名人らしいです}
『奴も情報屋だったのか?』
{はい。それも奴は政財界のかなり黒い情報専門の情報屋のようです。その世界での通り名はラストクロウ}
『ラストクロウ……最後の鴉《カラス》』

その名前に上野は聞き覚えがあった。いつ? どこで? それは──。

{奴はどこかの組織に所属しているらしく、ラストクロウの名前もその組織での奴の名前のようなものではないかと}
『ヤクザ関係か?』
{組織に関する情報は詳しくは掴めていませんが、ヤクザと宗教団体が混ざったような組織だと矢野は言っていました}

ヤクザと宗教団体、ラストクロウ…疑念が確信に変わった瞬間だ。

{警部? どうかしました?}

無言の上野から漏れた短い溜息は電話の向こうの早河にも届いていた。

『ああ……なんでもない。お前と香道は明日県警と共にこちらに来るんだったな』
{はい。今は品川駅です。これから香道さんと新幹線で静岡入りします}

早河の背後で駅のアナウンスが聞こえた。彼は品川駅のホームから電話をかけているようだ。

『県警の到着次第、奴に任意同行をかける』
{わかりました}

 これから新幹線に乗る早河との電話の後に静岡県警の警部との打ち合わせを終えて上野はようやく携帯電話を手放した。

ヤクザと宗教団体が混ざった組織、浅丘美月と接触した謎の男、キング。
忘却の彷徨《かなた》に押しやった記憶が甦り、彼はまた息をついた。

 部屋の内線が鳴った。のろのろと鈍い動きで受話器を上げる。

{夕食の準備が出来ました}

美月の声だ。何故だろう。この子の声を聞くと込み上げていた苦い感情も少しずつ消えていく。不思議な子だ。

『ありがとう。すぐに行くよ』

 彼は受話器を置いて部屋を出た。
外には夕闇が迫っている。このペンションで過ごす最後の夜が始まる。
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