早河シリーズ序章【白昼夢】
午後9時[東・212号室 青木の部屋]

 青木渡の部屋のシングルベッドの上で青木と佐々木里奈は同じ天井を見つめていた。

『木村先輩にバレたら恐ろしいな』
「今さら怖がってるの? 平気よ。隼人だって好き勝手やってるんだもん。私が誰と何しようと私の勝手。隼人は怒りもしないと思う」

汗ばんで湿った肌と肌が触れ、そこに残る甘い余韻に浸る。どちらともなくキスをして抱き合った。

『本当は木村先輩に怒られたいんでしょう?』
「隼人は怒らないよ。私が他の男と寝て怒るほど、私に興味ないのよ」

 里奈からまたキスをして次第に深くなる口付けに二人は溺れる。青木が里奈の首筋や鎖骨に舌を這わせ、里奈は彼の汗ばむ背中に手を回した。

『誰も信じないって言ってたわりに誘えばあっさり部屋に来ましたよね。俺が犯人だったらどうするつもりでした? 先輩、殺されちゃいますよ?』

いつもかけている眼鏡を外した青木がニヒルに微笑んでいる。

「そうだよね。あんたが犯人だって可能性もあるんだよね。けど、あんたは殺人なんてするタイプには見えない。どっちかって言うと人に金を渡して殺人をやらせるタイプじゃない?」
『それは褒められているのか……なかなか複雑な回答ですね』

苦笑する青木を引き寄せて里奈はキスをせがむ。ふたつの唇が触れて離れて、また触れた。

「ひとりでいるのが怖くなったのかも。こんな状況になれば、誰だって怖いと思うでしょ?」
『そうですね。まぁ、俺は大歓迎ですよ。でもどうして今夜は木村先輩のところに行かないんですか?』

 キスの後、青木は里奈から離れた。彼は上半身を起こしてサイドテーブルの眼鏡に手を伸ばす。里奈はまだ寝そべったまま、視線の先にある青木の下半身の間に片手を滑らせた。

「なんとなーく。今日は青木の気分だったの」
『先輩は日替わりランチのように男を選びますねぇ』
「あんたも同じ穴のムジナでしょ。サークルの一年、二年の女はあんたが食い散らかしてるじゃない」
『“みんなの憧れの木村先輩”よりは俺の方が手軽だと思われているんですよ』

 里奈と青木の関係は今日が初めてではない。
竹本の誘いは何度も断り続けていたが、最初に青木を誘ったのは里奈の方だった。
隼人とは違うタイプの男が欲しくなった時期、ちょうど里奈の好みに見合う相手が青木だった。

 青木は里奈の左手首の包帯を見た。誰もが里奈は部屋で安静にしていると思っている。
まさかリストカットしたその日の夜に男の部屋にしけこんで身体を重ねているとは、勘のいい隼人でもさすがに気付かないだろう。

『リストカットしても死ぬ気はなかったでしょう?』
「まぁね。色々嫌になっちゃって。これで隼人にはさらにうんざりされたかもなぁ。隼人、最近冷たいの」
『佐々木先輩って男と遊びまくってるのに木村先輩にだけは一途ですよね』
「あんたも人のことよく見てるよねぇ」

 里奈によって精力が蘇った青木が再び彼女に覆い被さり、封が切られて中身が抜き取られた避妊具の袋がひらひらと床に落下していく。
< 83 / 154 >

この作品をシェア

pagetop