早河シリーズ序章【白昼夢】
 里奈は元来、尽くすよりも男にかしづかれて尽くされたい女だ。
彼女が恋い焦がれる隼人は女に尽くさない。こちらが尽くさなければ隼人は見向きもしてくれない。

尽くすだけの追いかける恋は疲れる。
だから時々、こうして隼人以外の男をつまみ食いして、尽くされる悦びを味わっている。

隼人は他の女達とも遊んでいる。自分だってそれくらいの権利があっていいじゃないか。

それでも隼人から離れられないのは惚れた側の宿命。どんなに多くの男に抱かれてもいつも里奈の心は隼人を求めていた。

『先輩、めちゃくちゃ元気じゃないですか。これだけできればもう回復したも同然ですね』
「そうね。結局、人間なんてヤれば元気になる。そんな生き物なのよ」

 事を終えたばかりで息遣いが荒い青木と頬が血色良く上気している里奈。先ほどよりも湿り気を帯びた互いの肌がぬめりと触れた。

今夜は青木に会うためだけにメイクをした。里奈はマスカラで黒々と伸ばした睫毛の奥から青木を見つめる。

「犯人、誰だと思う?」
『さぁ。俺とか?』

 けだるい気分に包まれる部屋。意味もない無駄話。

「冗談だよね?」
『もちろん。でもこう言うと誤解されそうだけど竹本が死んで、アイツに借りた金を返さなくてよくなったのはラッキーでしたね』
「あんたのそういう正直なとこ、好き」
『それはどうも』

 意味のない会話、意味がない愛の囁き、愛のないキス。意味がないとわかっていても、それをするのが人間だ。

 人はよく、故人を語る時に死んだ人を悪く言いたくはないが……と前置きをする。そうやって前置きをすればどんなに故人の悪口を言っても許されると思っている。

存命中に馬の合わなかった故人に対する“亡くなった人を悪く言いたくない”のセリフを里奈は人生で何度も耳にした。あれは自分を悪者にしないための言い訳だ。

死因や立場がなんであれ、嫌いだった故人を好きになれることはない。死んだからって悪人が善人にはならない。

嫌いなものは嫌い。だから里奈は思う。目障りな竹本が死んでくれてせいせいした。そう思って何が悪い?

 この4日間で三人の人間が殺された。それでも人は笑う。それでも人は欲に溺れる。

 里奈が浴室に入るのを見届けて青木はベッドを抜け出した。まさか二回戦まで行うとは思わなかったが、まぁ悪くはない。
青木は愛用のノートパソコンを開く。

『どうせ犯罪者になるのならこっちの方がスリルがあって面白い』

彼は口元を斜めにしてパソコンのキーを叩いた。
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