早河シリーズ序章【白昼夢】
 求めても求めても、まだ足りなくて、愛しても愛しても、まだ愛し合った。
愛してるよ、愛してるよって、何度も囁き合った。

『美月っていい名前だよね』
「ありがとう。私も気に入ってるの」

 情事の最中の会話。誰にも知られない密やかで甘い時間。

「私が産まれた夜はブルームーンの日だったんだよ」
『ブルームーン? 月に二度目の満月のことだっけ?』

 月の周期は29日。通常の満月は一ヶ月に一度だが、数年に一度、一ヶ月に二度満月を見ることができる。
その二度目の満月はブルームーンと呼ばれている。

「うん。私はブルームーンの夜に産まれたの。その時のお月様が綺麗だったからお父さんが美月《みつき》って名付けてくれたんだ」
『そっか。誕生日……いつ?』
「7月30日」

美月は佐藤の胸元に顔を寄せた。

『7月30日か。今年は誕生日過ぎてしまったな』
「来年は一緒にお祝いしたいな」
『……わかった。来年の美月の18歳の誕生日は一緒に祝おう』
「やったぁ! 約束ね!」

 真夏の夜に交わした指切り。来年の誕生日の約束、デートの約束、たくさんの約束を交わして、たくさんの夢語りをした。

「佐藤さんがつけてる香水、どこの香水?」
『ああ……待ってて』

 ベッドサイドの棚から佐藤は香水の小瓶を出して美月に渡した。中に入るエメラルドグリーンの液体が間接照明のオレンジ色のライトに照らされて、夕焼けに染まる海のようだ。
美月は瓶の蓋を取って香りを嗅ぐ。

「佐藤さんの匂い! いい香りだよね。私も同じの買おうかなぁ」
『アトマイザー持ってるからそれに入れてあげるよ』
「いいの? ありがとう」

佐藤の香水を手首に1プッシュ吹き掛ける。佐藤の手首にも香水を吹き掛け、室内はアロマティックな香りに包まれた。

「これでお揃いだね」
『うん。お揃いだ』

 重ねた唇から伝わる体温がとても愛しい。
愛しさが増すほどに膨れ上がるもうひとつの想いに美月の視界は涙でぼやけた。

『どうした?』
「幸せなの。幸せ過ぎて……怖い」

ウソのホントで、ホントのウソ。
お願い、どうかまだ終わらないで。
このままずっと、夢の世界に酔いしれたい

『大丈夫。何も心配いらないよ』

 抱き寄せられた腕の中で美月は涙で潤む目を閉じた。言えない言葉を心で呟く。

ねえ、あなたは……
あなたは…………


人を殺したの?



第三章 END
→第四章 夢占い に続く
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