早河シリーズ序章【白昼夢】
第四章 夢占い
私はこれまで父と母と妹に囲まれて普通に平凡に何不自由なく17年間生きてきた。
だから知らなかったの
こんなに悲しい物語があることを。
まだ私は知らなかったの
人を愛することがこんなに悲しく痛く苦しいことだったなんて。
恋の喜びも恋の痛みも
恋の苦しみも恋の悲しみも
ぜんぶ貴方に教えられた
今日は不思議な夢を見た。
正反対、二人の私、背中合わせ
夢と現実、希望と絶望
思考と行動、自由と不自由
大人と子供、ルールとタブー
“どんな理由でも人を殺してはいけない”
それは何故?
越えてはならない境界線
理解してはいけない道理
どうして夢の中でこんなことを考えているのかわからなかった。今まで考えたこともないことばかり。
背中合わせの私と私は別々の方向へ歩いていく。私と私の間には大きく亀裂が入り、溝ができた。
二人の私は左右で別れる。
それは夢の中の私と現実の私。
“人を殺すことはいけないことだよ”
それは何故?
越えてはならない境界線
あなたは越える?越えない?
私は今試されている
私の正義を試されている
私の正義ってなに?
たいした苦労もしていない何もわからない子どもが正義感を振りかざしてどうなるの?
夢の中の私も現実の私も答えない。
夢が終わる
最後はモノクロ
ふたりの私は白と黒
丸い月だけが不自然に黄色かった。
*
8月8日(Tue)午前5時
浅丘美月は佐藤瞬の部屋で朝を迎えた。
隣ではまだ佐藤が寝息を立ててぐっすり眠っている。いつもはあんなに大人びた表情の彼の寝顔はまるで子供だ。
カーテンの隙間から差し込む朝の光に部屋は包まれ、穏やかな時間が流れていた。
幸せな目覚め。それは同時に夢の終わりを告げていることを美月はどこかで予感していたのだろう。
夏の夜は短い。できればもう少しだけ、儚いインディゴブルーの闇に紛れていたかった。
世界にたったふたりだけを閉じ込めた真夏の夜の夢はもうおしまい。
(佐藤さん。私ね、いま幸せだよ。でもこんなに幸せなのに涙が出てくるの。なんでだろうね。おかしいね)
佐藤に借りたシャツを丁寧に畳んでもうひとつのベッドの上に置き、昨夜着ていたルームウェアを纏って彼の部屋を出た。
叔父夫妻ももうすぐ起床する時間だ。ペンション全体がまだ眠りに包まれている間に美月にはやらなければならないことがあった。
廊下や階段を歩く時に足音を立てないよう注意して、誰にも見られずに一階の自室に戻る。自室の扉を開けた途端、部屋にいた白猫のリンが起き上がって美月を出迎えた。
「リン起きてたの? ひとりにしちゃってごめんね」
一緒に眠ってあげられなかったリンが丸い瞳で美月を見上げていた。リンには昨夜のすべてを見透かされているみたいだった。
甘えてくるリンには悪いが、今はかまってやれる暇がなかった。美月は手早くシャワーを浴びて身繕いを済ませ、部屋の内線電話の受話器を持ち上げた。
おわりのはじまりが、始まろうとしていた。
だから知らなかったの
こんなに悲しい物語があることを。
まだ私は知らなかったの
人を愛することがこんなに悲しく痛く苦しいことだったなんて。
恋の喜びも恋の痛みも
恋の苦しみも恋の悲しみも
ぜんぶ貴方に教えられた
今日は不思議な夢を見た。
正反対、二人の私、背中合わせ
夢と現実、希望と絶望
思考と行動、自由と不自由
大人と子供、ルールとタブー
“どんな理由でも人を殺してはいけない”
それは何故?
越えてはならない境界線
理解してはいけない道理
どうして夢の中でこんなことを考えているのかわからなかった。今まで考えたこともないことばかり。
背中合わせの私と私は別々の方向へ歩いていく。私と私の間には大きく亀裂が入り、溝ができた。
二人の私は左右で別れる。
それは夢の中の私と現実の私。
“人を殺すことはいけないことだよ”
それは何故?
越えてはならない境界線
あなたは越える?越えない?
私は今試されている
私の正義を試されている
私の正義ってなに?
たいした苦労もしていない何もわからない子どもが正義感を振りかざしてどうなるの?
夢の中の私も現実の私も答えない。
夢が終わる
最後はモノクロ
ふたりの私は白と黒
丸い月だけが不自然に黄色かった。
*
8月8日(Tue)午前5時
浅丘美月は佐藤瞬の部屋で朝を迎えた。
隣ではまだ佐藤が寝息を立ててぐっすり眠っている。いつもはあんなに大人びた表情の彼の寝顔はまるで子供だ。
カーテンの隙間から差し込む朝の光に部屋は包まれ、穏やかな時間が流れていた。
幸せな目覚め。それは同時に夢の終わりを告げていることを美月はどこかで予感していたのだろう。
夏の夜は短い。できればもう少しだけ、儚いインディゴブルーの闇に紛れていたかった。
世界にたったふたりだけを閉じ込めた真夏の夜の夢はもうおしまい。
(佐藤さん。私ね、いま幸せだよ。でもこんなに幸せなのに涙が出てくるの。なんでだろうね。おかしいね)
佐藤に借りたシャツを丁寧に畳んでもうひとつのベッドの上に置き、昨夜着ていたルームウェアを纏って彼の部屋を出た。
叔父夫妻ももうすぐ起床する時間だ。ペンション全体がまだ眠りに包まれている間に美月にはやらなければならないことがあった。
廊下や階段を歩く時に足音を立てないよう注意して、誰にも見られずに一階の自室に戻る。自室の扉を開けた途端、部屋にいた白猫のリンが起き上がって美月を出迎えた。
「リン起きてたの? ひとりにしちゃってごめんね」
一緒に眠ってあげられなかったリンが丸い瞳で美月を見上げていた。リンには昨夜のすべてを見透かされているみたいだった。
甘えてくるリンには悪いが、今はかまってやれる暇がなかった。美月は手早くシャワーを浴びて身繕いを済ませ、部屋の内線電話の受話器を持ち上げた。
おわりのはじまりが、始まろうとしていた。