早河シリーズ序章【白昼夢】
目覚まし時計の音で佐藤瞬は目を覚ました。
『朝か……』
カーテンの隙間から差し込む夏の日差しが眩しい。
彼はゆっくり起き上がった。
夢を……見ていた気がする。それがどんな夢だったのか、はっきりとは思い出せないが確かに夢と言うものを見ていた気がする。
まだ頭がぼんやりする。もしやこれも夢の続きではないのか……?
佐藤は左隣を見た。
『美月?』
隣を見てもそこに美月の姿はない。昨夜、この腕に抱いた美月は幻だった?
あの永遠と絶望の一夜は夢だったのかもしれない。夢なら夢で、そうであって欲しいと願った。昨夜のことは夢の中の出来事であって欲しいと……
ふと、サイドテーブルに置かれた紙切れを見つけた。このペンションに常備されているメモ用紙だ。罫線が引かれたメモ用紙には可愛らしい字が綴られている。
この筆跡に佐藤は覚えがあった。美月の数学のノートに書き込まれた文字と同じ筆跡だ。
【 おはよ。先に部屋に戻るね。 美月 】
二つあるベッドの、もうひとつのベッドの上には佐藤のワイシャツが綺麗に畳まれて置かれている。美月がここに居た形跡は部屋のそこかしこで見受けられた。
美月と過ごした一夜は夢ではない。現実だ。
『俺は……どうしたらいいんだ』
*
午前7時50分。すでに朝食を終えて食後のコーヒーを飲んでいた福山編集長がダイニングに入ってきた佐藤を見た。
『なんだ佐藤。お前にしては珍しく朝寝坊だな』
『昨夜は夜更かししてしまって』
平静を装って佐藤は席につく。昨夜、美月が部屋に泊まったことは美月の為にも誰にも知られてはいけない。
彼はキッチンに目をやる。キッチンの奥に美月の姿を確認した後すぐに彼女から目をそらした。
ダイニングに上野恭一郎の姿はなかった。刑事と顔を突き合わせて食事をしたこの数日間は胃が痛む思いだった佐藤にとっては上野の不在は都合がいい。
天には気持ちのいい青空が広がり、地上では海が穏やかに波打っている。
今日ですべてが終わる。その安堵から誰もがリラックスした様子だった。
ただ三人を除いては。それはここにいない上野、佐藤、そして美月。
佐藤がダイニングに入ってきても美月は皿洗いの手を休めずに当面の作業に没頭した。
今朝の給仕は冴子が行っている。他の者達がいる前で佐藤と顔を合わせずに済んだことに内心ホッとしていた。
叔父の沖田が美月を呼ぶ。美月はタオルを手で拭いて、叔父の側に駆けた。
『今日、警察と一緒にお父さんとお母さんが迎えに来る。美月はそのままお父さん達と東京に帰りなさい』
「お父さん達が?」
両親が迎えにくる話は初耳だった。本来は今週末まではここで過ごす予定となっていた。
『あの刑事さんも美月は先に東京に帰した方がいいと言ってくれてね。昨日、お母さんと電話で話した時に美月の様子がおかしかったったと心配していたよ。残りの夏休みは家でゆっくり休みなさい』
「……はい」
(お母さん、やっぱり私に何かあったって気付いてるよね)
昨日の夜、佐藤の部屋に行く前に母と少し電話をした。佐藤のことは何も話してはいないし、努めて普段通りに話をしたつもりだった。
でも母は何かに気付いたのかもしれない。
足元にリンがすり寄ってきた。リンとも今日 でしばらくお別れだ。
ダイニングとキッチンを隔てた入り口での美月と沖田の会話はおそらくダイニングにいる宿泊者達にも聞こえている。もちろん佐藤にも。
リンを抱き抱える美月の後ろ姿を佐藤と隼人が見つめていた。
『朝か……』
カーテンの隙間から差し込む夏の日差しが眩しい。
彼はゆっくり起き上がった。
夢を……見ていた気がする。それがどんな夢だったのか、はっきりとは思い出せないが確かに夢と言うものを見ていた気がする。
まだ頭がぼんやりする。もしやこれも夢の続きではないのか……?
佐藤は左隣を見た。
『美月?』
隣を見てもそこに美月の姿はない。昨夜、この腕に抱いた美月は幻だった?
あの永遠と絶望の一夜は夢だったのかもしれない。夢なら夢で、そうであって欲しいと願った。昨夜のことは夢の中の出来事であって欲しいと……
ふと、サイドテーブルに置かれた紙切れを見つけた。このペンションに常備されているメモ用紙だ。罫線が引かれたメモ用紙には可愛らしい字が綴られている。
この筆跡に佐藤は覚えがあった。美月の数学のノートに書き込まれた文字と同じ筆跡だ。
【 おはよ。先に部屋に戻るね。 美月 】
二つあるベッドの、もうひとつのベッドの上には佐藤のワイシャツが綺麗に畳まれて置かれている。美月がここに居た形跡は部屋のそこかしこで見受けられた。
美月と過ごした一夜は夢ではない。現実だ。
『俺は……どうしたらいいんだ』
*
午前7時50分。すでに朝食を終えて食後のコーヒーを飲んでいた福山編集長がダイニングに入ってきた佐藤を見た。
『なんだ佐藤。お前にしては珍しく朝寝坊だな』
『昨夜は夜更かししてしまって』
平静を装って佐藤は席につく。昨夜、美月が部屋に泊まったことは美月の為にも誰にも知られてはいけない。
彼はキッチンに目をやる。キッチンの奥に美月の姿を確認した後すぐに彼女から目をそらした。
ダイニングに上野恭一郎の姿はなかった。刑事と顔を突き合わせて食事をしたこの数日間は胃が痛む思いだった佐藤にとっては上野の不在は都合がいい。
天には気持ちのいい青空が広がり、地上では海が穏やかに波打っている。
今日ですべてが終わる。その安堵から誰もがリラックスした様子だった。
ただ三人を除いては。それはここにいない上野、佐藤、そして美月。
佐藤がダイニングに入ってきても美月は皿洗いの手を休めずに当面の作業に没頭した。
今朝の給仕は冴子が行っている。他の者達がいる前で佐藤と顔を合わせずに済んだことに内心ホッとしていた。
叔父の沖田が美月を呼ぶ。美月はタオルを手で拭いて、叔父の側に駆けた。
『今日、警察と一緒にお父さんとお母さんが迎えに来る。美月はそのままお父さん達と東京に帰りなさい』
「お父さん達が?」
両親が迎えにくる話は初耳だった。本来は今週末まではここで過ごす予定となっていた。
『あの刑事さんも美月は先に東京に帰した方がいいと言ってくれてね。昨日、お母さんと電話で話した時に美月の様子がおかしかったったと心配していたよ。残りの夏休みは家でゆっくり休みなさい』
「……はい」
(お母さん、やっぱり私に何かあったって気付いてるよね)
昨日の夜、佐藤の部屋に行く前に母と少し電話をした。佐藤のことは何も話してはいないし、努めて普段通りに話をしたつもりだった。
でも母は何かに気付いたのかもしれない。
足元にリンがすり寄ってきた。リンとも今日 でしばらくお別れだ。
ダイニングとキッチンを隔てた入り口での美月と沖田の会話はおそらくダイニングにいる宿泊者達にも聞こえている。もちろん佐藤にも。
リンを抱き抱える美月の後ろ姿を佐藤と隼人が見つめていた。