早河シリーズ序章【白昼夢】
『たとえそれがどんなに受け入れ難い真実でも俺達は受け入れていくしかないんだ』

 美月の目から零れた涙が彼女の頬をつたう。気付いた時には隼人に抱き付いていた。
彼は驚きもせずに肩を震わせて泣く美月の背中を優しくさすった。

(温かい。ほっとするぬくもり。佐藤さんとは違う。だけど安心するぬくもり……)

 ──どれくらいそうしていただろう?
泣き止んだ美月は隼人の体温に安心を感じ、隼人の前で泣いてしまったことに困惑する。

「いきなり抱きついてごめんなさい」

どうして? どうして泣いてしまったの?

『いいよ。俺はきっとこういう役回りだから』
「役回り?」

目尻に残る涙を拭って隼人を見上げる。隼人は美月の額を指で軽く突いた。

『そんな物欲しそうな顔するなよ。またキスするぞ?』
「えっ」
『冗談。いちいち反応が面白いよな』

 咄嗟に口元を押さえて防御する美月を見て隼人が吹き出した。美月も思わず笑顔を見せる。
これがいつもの、ふたりのやりとり。

「意地悪……!」
『そっちの方がいい』

立ち上がった隼人の穏やかな眼差しに心が痛くなった。その甘い痛みは佐藤に見つめられた時に感じたものと似ている。

『美月ちゃんは笑ってる方がいい』

 隼人の優しさに包まれる感覚。ここだけが時間が止まったみたいな、スローモーションのような一瞬の永遠。

(この感覚は何?)

隼人が書斎を去った後も美月はその場から動けずにいた。押さえた左側。鼓動が速いのは誰のせい?
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