早河シリーズ序章【白昼夢】
[西・203号室 佐藤の部屋]

 疲弊した身体を椅子の背につけて佐藤瞬は緑色の小瓶を握り締めた。瓶の中には錠剤が入っている。
今日ですべて終わる。終わらせなければ。

(俺は……何のためにこんな……)

 苦悩と躊躇《ためら》いの堂々巡りを続けていると、扉がノックされた。彼は小瓶をクローゼットの中のキャリーケースに戻してから扉を開けた。

『……美月?』
「一緒にいたいの」

扉を開けるなり抱き付いてきた美月を抱き留める。美月の香りと体温を感じて甦る昨夜の記憶。

「お願い……側にいて」

 キスをして、手を繋いで、もつれあって、二人分の体重を受け止めた白いシーツのベッドが軋む。


 ──明るい夏の日差しが降り注ぐ部屋の中、昨夜の永遠と絶望の一夜が繰り返される

情欲なんかでは埋められない
けれど情欲でしか、この愛を顕現《けんげん》する手段はない

欲しいのはエクスタシーじゃない
欲しいのは一瞬の儚いエタニティ

これ以上近付けば離れられなくなるとわかっているのに
互いに求め合うことを止められない
触れ合うことを止められない

わずか一瞬の永遠に浸り、あるのかないのかわからない不在の永遠にすがりつき、永遠の愛を誓う

愛してる、愛してると何度も囁き
離れたくない、離さないと抱き合った

笑顔と涙と苦悩と欲望
永遠と絶望と真実と嘘
すべてを飲み込んでひとつになった

もう、ふたりは離れられないところまで堕ちてしまったのかもしれない
繋がれた手と手に赤い糸は結ばれているのか……ふたりにはわからない

 ──美月が佐藤の部屋のバスルームに入った。部屋に残った佐藤はベッドからけだるい身体を起こしてサイドテーブルのデジタル時計を見る。午前11時30分を過ぎた。

静岡県警の到着は正午頃だとキングは言っていたが、最新の情報によると到着は予定より遅れるらしい。警察がここに辿り着くまでのわずかな時間にすべてを終えなければ。

『急がないとな……』

 こんなことをするつもりはなかった。自分は何をしているのだろう。

襲いかかる倦怠感と罪悪感に苛まれ、射精を終えたばかりの動きが鈍い身体を引きずって佐藤は立ち上がった。
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