早河シリーズ序章【白昼夢】
 ──“あなたが殺したのね?”
そう言って真っ直ぐこちらを見つめる美月の瞳を直視できずに佐藤は彼女から目をそらす。彼は少し笑ったようだ。

『気付いていたのか』
「やっぱり……そうなのね」

否定しない佐藤の態度に絶望が美月を襲う。

『いつから気付いていた?』
「あのゴミ袋を見つけた時にもしかしたらって思って、昨日の夜……佐藤さんの香水を確認した時にはっきりとわかったの」
『香水?』
「……血まみれのレインコートが入ったゴミ袋の中からあなたの香水と同じ香りがした。香りは一瞬だけだったけど佐藤さんの匂いと同じだった」

彼は天井を仰ぎ見て長い溜息をついた。

『それで昨日は香水がどうとか言っていたのか。お前は俺が人殺しだとわかっていて俺の部屋に来て、俺に抱かれたのか?』
「……そうだよ」

 クローゼットの前で腰を屈めた佐藤はキャリーケースを開いて探し物をしている。

『殺人犯の隣で一晩寝ていたとは大した奴だ。殺されても文句言えないぞ。バカにもほどがある』

佐藤の口調は冷たく美月を突き放す。あんなに優しかった彼から放たれる殺気は冷たくて、鋭くて、怖い。

「どうせバカだよ。私はバカで子どもで……なんにもわかってなくて……」

必死に紡ぐ言葉は涙で濡れた。こんなに泣いたのはいつ振りだろう?

「でも、じゃあ佐藤さんは何なの? 刑事さんに聞いたよ。4年前に亡くなった片桐彩乃さんは佐藤さんの婚約者なんだよね? 婚約者の復讐なんでしょ? まだ彩乃さんのことが好きなくせに……どうして私に近付いたの? 優しくしたの? 復讐するくらい好きだった人がいるのに! ねぇ答えてよ……!」

 美月がクローゼットの前にいる佐藤に向けて枕を投げつけた。弱々しく投げられた枕は佐藤の腰に当たり、床に落ちる。

『ああ。本当に……お前と出会ったことが一番の想定外だったよ』

美月に歩み寄る佐藤の手には銀色に冷たく光るナイフが握られていた。

「私を殺すの?」

じりじりと近付く無表情の仮面をつけた佐藤に恐怖を感じて美月はベッドの上で後退りした。

「これから何をするつもり?」

綺麗過ぎる無垢な瞳が佐藤を貫く。

『これから最後の……殺人劇のエンドロールだ』

 彼はベッドに押し倒した美月にキスをした。
髪や頬に触れる大きな手はやっぱり優しくて、これが最後のキスであるかのように、煙草と涙の味のするキスを何度も重ねる。

このままもう一度抱いて欲しかった。
このままここで殺されてもいいと思えた。
なんて浅はかで、幼稚で、バカな望みだろう。

 佐藤の片手に握られた銀色の刃先が夏の日差しを浴びて冷たく光った。
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