早河シリーズ序章【白昼夢】
 広間には帰り支度を整えた隼人達学生メンバーと、福山編集長、上野刑事が集まっていた。
上野はしきりに腕時計に目をやり、時間を気にしている。もうすぐ静岡県警の到着の頃合いとなる。県警の到着次第、佐藤瞬に任意同行を要求する手筈《てはず》だ。

『冴子。美月どこに居るか知らないか?』
「部屋に居なかったの?」
『ああ。書斎や庭も見てきたんだけどどこにも居なくてな。姉さん達がもうすぐ迎えに来るって言うのに……』

オーナー夫妻のそんなやりとりが聞こえて福山は広間を見渡した。

『佐藤もまだ降りて来ないな』

何気なく呟いた福山の言葉は上野の耳にも届いている。美月と佐藤の不在が意味することとは。

 階段を降りる音が聞こえる。それもひとり以上の乱れた足音に紛れてかすかに女性の悲鳴も聞こえた。広間に集まっていた者達は悲鳴を聞き付けて廊下に出た。

 広間から真っ直ぐ伸びた廊下の突き当たり、玄関ホールに佐藤と美月がいた。佐藤は美月の首もとにナイフを当てて彼女を背後から抱き抱えて拘束している。

『佐藤! 何をしている!』

上野が叫び、ナイフを突き付けられた姪の姿を見た冴子が悲鳴をあげる。上野が一歩進み出るが、佐藤は美月を連れて玄関の扉に手をかけた。

『美月ちゃんを離せ』
『来るな。近付くと美月を刺しますよ』

 佐藤は興奮している様子はなく、むしろその表情は平然としていた。彼は美月を拘束したままペンションの外に飛び出した。上野達も二人を追いかける。

 ペンションを出てすぐの遊歩道に二人は佇んでいた。崖を囲むガードレールの下には雄大な青い大海原が広がっている。
追いかけて来た人の群れから佐藤は隼人の姿を確認して彼に向けて微笑した。

『木村くん、すまないね。君に美月を託そうと思っていたが手離すのが惜しくなった』
『美月ちゃんを殺すんですか?』

隼人の表情は険しい。隼人や上野、後から追い付いた渡辺や麻衣子達が佐藤と美月の周りを取り囲んだ。

『美月を殺すのは……さてどうしようかな』
『佐藤。間もなく県警が到着する。もう逃げられないぞ』
『ああ……。ですが上野警部。県警の到着は土砂崩れの復旧作業の関係で少し遅れているようですね』
『なぜそれを……』

狼狽する上野とは対照的に佐藤は不敵な笑みを浮かべている。確かに静岡県警の到着は予定より遅れているが何故、それを佐藤が知っている?

(それにどうして佐藤が俺の階級を知っている? まさかどこかで情報が漏れている?)

『こちらにも色々と情報が入ってきますので。県警の到着までしばらく時間があります。上野警部、俺に聞きたいことがあるのなら答えられる範囲でお答えしますよ』
『今回の殺人事件の犯人はお前だな?』

上野はまた一歩、佐藤と距離を詰めた。

『ええ、そうです。俺が三人を殺しました』

 佐藤と美月、ふたつの影は重なりひとつになった。波の音が静かに響き、海風が騒ぎ海鳥が鳴く。

青い空と青い海に溶け込んだ美月の水色のワンピースの裾が彼女の足首の辺りでひらひらと揺れる。
悲劇と悲恋のエンドロールの始まりだ。

 潮の香りが漂う風が美月の長い黒髪をなびかせる。彼女は佐藤の胸元に顔を伏せて泣いていた。
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