早河シリーズ序章【白昼夢】スピンオフ
 桃子が爪を立てた隼人の頬には赤い引っ掻き傷ができていた。

『……俺、一応モデルやってるんだよね。顔は商売道具なんだけど』
「これくらいの傷があっても木村先輩の顔の良さは失われませんよ」

桃子はベージュのグロスを塗った唇を不気味に上げて後ろを振り返る。彼女は相澤と目を合わせた。

「直輝さん。木村先輩にアレ使ってもいい?」
『いいよ。どうなるか楽しみだね』
「針の方がいいかな」
『無理やりは飲まないだろうね。針にしよう』

 相澤と桃子、二人にしかわからない会話を繰り広げ、桃子はブランドのロゴがついたハンドバッグから小さな袋を取り出した。

「先輩達、これ何だと思います?」

 病院で処方されるような透明な小袋には薄いオレンジ色の粉末が入っている。この状況でそれが何かと聞かれたら答えはひとつだ。

『クスリか?』

隼人が答えた。桃子はふふっと含み笑いを漏らして袋の中身を振った。

「せいかーい。でもただのクスリじゃないよ。これはね、性的欲求を増幅させてエクスタシーを感じやすくさせる禁断の果実。中東ではこれを十代の処女の花嫁に飲ませて初夜を迎えるんだってぇ。悪趣味よね。このクスリを飲むと、下手ッくそなオヤジとヤってる時でもめちゃくちゃ感じちゃうのぉ。だけどエッチの相手が脂ぎったオヤジじゃなければ、もぉっと気持ちいいかなぁって」

桃子の隼人を見る目付きで、彼女の目的の予想は大方ついた。

「木村先輩、私とエッチしましょぉ? 私、これでも男の数はこなしてるの。先輩を満足させられるテクニックの自信はあるのよ。このクスリを木村先輩に使ったら、その気がなくても私が欲しくてたまらなくなっちゃうんだから」
『やれるものならやってみろよ』
「強気でいられるのも今のうちです。このクスリは即効性なのよ。クスリを打たれたらすぐに効果が現れて、先輩の方から私を求めてくるようになる。楽しみね」

 桃子と隼人の攻防戦を晴は見ていることしかできない。早く早くと逸《はや》る気持ちを抑えて晴は手錠の嵌まる手首の腕時計を見た。

「ああ、これで終わりじゃないよ。私の目的は正義感面したあんた達を叩き潰すこと。だって先輩達は、私の学校での楽しいお遊びを邪魔してくれたんだもの。お返しをしなくちゃ。正義感の塊の先輩達のプライドをズタズタにして私と直輝さんのオモチャにするの。面白いでしょう? それに先輩達に復讐したい人間は私だけじゃないからぁ」

 複数人の足音が入り乱れている。数珠繋ぎに部屋に入ってきたのは鉄パイプを持った男達。
ざっと見て二十人はいる男の群れを見ても晴達四人は平然としていた。
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