早河シリーズ序章【白昼夢】スピンオフ
『お前ら! そんなとこで突っ立ってねぇで早くコイツを始末しろっ!』

唾を飛ばしながら拓が傍観者達に命令を下す。しかし動く者は誰一人いない。

『どうした? 金ならいくらでも出すぞ。コイツを倒した奴には五万……十万払う! だからやれぇ!』

拓が龍牙を指差して吠えた。倉庫に反響する拓の怒声が虚しく聞こえる。

『ムチャ言うなよ。相手は氷室龍牙だろ?』
『氷室龍牙に勝てるわけねぇじゃん』
『自分でやればいいのに』

口々に非難と拒絶の言葉が拓に浴びせられる。苛立ちを抑えられずに拓は乱暴に頭を掻きむしった。

『なんだよ! 俺達仲間だろっ?』

拓の問いかけに誰も返事をしない。

『拓。金で買った人間を仲間とは呼ばねぇよ』
『……うるさいっ!』

 鉄パイプを握りしめた拓が龍牙に突進する。黒龍では武器はご法度の掟を忘れているようだ。

龍牙は鉄パイプを持つ拓の腕をねじり上げて彼の腹部に拳を一発撃ち込む。腐っても後輩だ。攻撃力は60%に手加減しておこう。

咳き込んだ拓は地面に両手をついてうずくまった。龍牙は咳き込む拓の背中をさする。拓の肩は震えていた。

『お前は大事なことを忘れてる。どんなに金持ちでも喧嘩が強くても、仲間裏切るような奴に族の頭は務まらねぇよ』

 拓は腹部を押さえてうずくまったまま地面に鼻先がつくくらいに顔を伏せて泣いていた。

『お前に聞いておきたいことがある。兄貴はクスリをどこから仕入れていた?』
『わからない。兄貴、今年の初めに留学してたフランスから帰って来たんだ。婚約のために帰って来たって言ってたけど……』

涙に濡れた拓の顔はまだ16歳らしい幼さが残っている。

『こっちに帰って来た時には、兄貴はもうクスリを持ってた。だから兄貴がどこからクスリを買っていたのか俺にはわからない……です』
『そうか。兄貴の婚約者に会ったことは?』
『俺のじぃちゃんの誕生パーティーで一度だけ会ったことあります。めちゃくちゃ綺麗な女の子で、あんな綺麗な子と結婚できる兄貴が羨ましくなった。ずっとそうなんだ。俺はいつも兄貴が羨ましかった』

 兄を羨む拓の心には屈折した想いが溜まっていた。今回の反乱も日頃の鬱憤《うっぷん》が暴走した結果だ。

『お前ら、今後も黒龍とやり合いたいなら好きにすればいいが、武器じゃなくて素手を使え。喧嘩ってぇのは、素手でやるものなんだよ。武器持って強い気になってイキがるのはただの弱者だ。わかったな?』

 ドスの効いた声で龍牙に諭された者達は身体を硬直させて龍牙に一礼した。
あの連中とケリをつけるのは洸の仕事だ。龍牙の領分ではない。
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