早河シリーズ序章【白昼夢】スピンオフ
『コンサートどうする? せっかく父さんがチケットくれたし、行くか?』

 悠真はアイスを食べている海斗に聞く。海斗は兄を一瞥してまたテレビに視線を移した。

『沙羅のピアノ聴きたいし……行く』
『じゃあ4時半には出るからそれまでに支度しておけ』
『なぁ兄貴。沙羅の記憶ってもう戻らねぇのかな』

海斗は寂しそうな目をしていた。好きな女の子に自分のことを忘れられているのだから当然だ。

『行成さんは記憶が戻らないこともないと言っていたけど、無理には思い出させない方がいい。美琴先生との思い出が多ければ多いほど、沙羅のショックは強い。俺達のことを忘れていても美琴先生のことを覚えているだけまだいい。俺はそう思ってる』
『……そうだな』

 食べ終えたアイスの棒を無表情に見つめる海斗が頷いた。海斗に言った言葉は悠真が自分自身に言い聞かせている言葉でもあった。
どんな人間でも5歳頃までの記憶は曖昧になるものだ。忘れていてもいい。

(だけど俺はいつまでも沙羅を覚えてる。忘れられていても、ずっと)

 午後5時半、葉山美琴の追悼コンサートが行われる東京国際ホールのロビーには人混みの中で異様に目立つ集団がいた。

悠真と海斗の両親、emperorベーシストのサトルとサトルの妻、emperorドラマーのツカサとツカサの妻。

 伝説のロックバンド、emperorのボーカル、ベーシスト、ドラマーとその夫人達が揃っている。この場にコンサートの主宰者であるemperorギタリストの葉山行成が加われば、ここが今にもライブハウスと化してしまいそうだ。

 悠真達は両親から少し離れた場所でその目立つ集団を遠巻きに眺めていた。ロビーを行き交う人々も彼らに視線を送っている。

『親父達、相変わらずギラついて目立ってるなぁ。あんな、いかにも俺はロックミュージシャンだぜ! な格好しなくてもいいのにさ』

悠真の隣でサングラスをかけた長身の男が呟いた。黒いハットを被るこの男も悠真から言わせれば“如何にも俺は……”なオーラを醸し出している。

『蓮《れん》もかなり目立ってると思うぞ?』
『そう? これでも変装してるんだけど』

 サングラスを外してニヤリと口元を上げた男の名前は一ノ瀬蓮。emperorベーシストのサトル(一ノ瀬聡)の息子だ。

『バカ! サングラス外すなよ! お前がここにいるのがバレたら騒ぎになるだろっ』
『海斗、慌てすぎー。大丈夫だって。誰も見てねぇよ』

 慌てる海斗を見て調子良く笑う蓮はまた色の濃いサングラスをかけた。蓮は芸歴十年になる売れっ子の俳優。

昔から彼を知る高園兄弟にとっては、テレビで見掛ける格好つけた蓮を見ても同一人物だとは信じられない。普段の蓮はノリの軽い自由人だ。
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