早河シリーズ序章【白昼夢】スピンオフ
 悠真の7歳上の蓮はemperorバンドメンバーの子供達の中で最年長。昔は“れんにぃ”と呼んで蓮の後ろをついて回っていたらしいが、そんな過去は黒歴史にしたい悠真と海斗だった。

『蓮は沙羅とは会ってるのか?』
『半年前にアメリカで撮影あって、現場が行成さんの家の近くだったからその時に少しな。沙羅は俺のこともうろ覚えだったけど元気そうだった。顔つきがだんだん美琴さんに似てきて綺麗になってきて、あれはそのうち彼氏できちゃうかもな?』

蓮は高園兄弟が沙羅に恋をしていることを知っている。一番知られて厄介な人間に一番知られたくない弱味を握られている気分だ。

『蓮、しばらくその口、ガムテープで塞いでやろうか?』

海斗が口の端を上げた黒い微笑みを蓮に向ける。蓮はわざとらしくおどけた。

『きゃー! カイくんこわーい』
『うるせー!』

 じゃれあう蓮と海斗を横目に見て悠真は苦笑い混じりに溜息をつく。

 口数が少なく人見知りな海斗も、小さな頃から面倒を見てきてくれた蓮の前ではよく喋る。

『でもな、悠真と海斗。沙羅は13歳だから手を出すのはまだ待ってろよ。あの子は早熟なタイプじゃなさそうだし。あー、でもこのまま沙羅がアメリカにいるならアメリカーンな男に早々に手を出されちまったり……』
『蓮。やっぱりそのうるさい口、ガムテープで塞ごうか?』
『まぁまぁ悠真、落ち着けよ。お前ら兄弟はいつもはクールぶってるくせに沙羅のことになると余裕ねぇなぁ』

 蓮は仮にも日本アカデミー賞主演男優賞を取っている男だが、こんな調子のいい男が我が国の俳優を名乗っていていいのだろうか。

しかし、一ノ瀬蓮以上に演技力のある若手俳優はいない。いつか蓮が主演する作品の主題歌をメジャーデビューした自分達のバンドで手掛けることが、悠真の密かな夢でもあった。
そんな夢があることは蓮には口が裂けても言わないが。

 ロビーに開場のアナウンスが流れて人々がホールに吸い込まれる。

 夏の夜。ノクターンの旋律が心に響く。優しくて穏やかなピアノの調べを奏でるのは初恋の女の子。
悠真と海斗、沙羅が紡ぎ出すメロディーがひとつの物語となるのはここから7年後の、また別の物語。(※)



※7年後の物語が恋愛小説【Quintet】です。
【Quintet】は野いちごで読めます。
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