早河シリーズ序章【白昼夢】スピンオフ
 突如、隼人に肩を掴まれて押し倒された。世界が逆転して、目の前にあるのは明るい天井と含み笑いをする隼人の顔。

『これくらいで赤くなって、麻衣子は可愛いな』

これは明らかに魔王の微笑みだ。麻衣子の心臓は歴代最高速度で動いている。

『キスマークどこに付けて欲しい? 首? 胸? それとも……』

 耳元で囁かれた隼人の声にゾクゾクとした高揚が沸き上がる。すぐ近くに感じる隼人の息遣い、隼人の香り、隼人の体温。
このままでは隼人を好きな気持ちが抑えられなくなる。

(ねぇ、私……隼人のことが……)

 危うく口から出そうになった告白の言葉は頭上から聞こえた鈍い音で塞がれた。

『……いってぇーっ!』

 麻衣子の上から退いた隼人が頭を押さえている。その隣では空のペットボトルを持った亮が膨れっ面で立っていた。

『バーカ。悪のりし過ぎだ』
『おい亮! 手加減しろよ』
『うるせー、エロ帝王』

亮がペットボトルで隼人の頭を一撃したことで麻衣子の貞操は危機一髪、守られた。

 だけどもう少しだけ、あのままでいたかった。いや、やはりもういい。
隼人の“男”の顔は見たくない。隼人がどんな風に自分以外の女に触れているのか、知りたくもない。
自分の知らない男になった隼人を見たくなかった。

 夕涼みに隼人の家の庭先でスイカ割りで割ったスイカを皆で食べた。冷蔵庫で冷やしたスイカは冷たくて、美味しかった。

それから流しそうめんが始まり、木村家、加藤家、渡辺家の大人達は晩酌タイム、子供達は花火に興じる。
線香花火をする麻衣子の隣に隼人が並んだ。

『さっきの話だけど友達がキスマーク付けてたってそんなに気にするものでもないだろ。彼氏持ちなら変じゃねぇし』
「莉央に彼氏がいるって聞いたことないの。それに莉央は男の子苦手そうだったから不思議で……」
『へぇ。でも男嫌いでも彼氏はできるんじゃねぇの? 友達にナイショで付き合うのもありがちな話だ』

 隼人はいつもさりげなく気遣ってフォローしてくれる。彼の片手が麻衣子の頭に触れた。
優しく頭を撫でられてまた心臓が騒ぎだす。

(隼人はずるいよ。私のこと幼なじみとしか思ってないくせに気遣ったり頭撫でたり、ドキドキさせることばっかりする)

 好きな気持ちは強まる一方。たとえこの恋が報われなくても。

お願い、まだ貴方を好きでいさせて。

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