早河シリーズ第一幕【影法師】
6月に入り、その日は梅雨の中休みの晴れの日だった。些細なことで同じ学校に通う彼女と口論になり、授業に出るのも億劫になった早河は屋上で午後の授業をさぼった。
屋上のコンクリートの上に寝転び青い空を見上げる。目を閉じた途端に眠気に襲われ、うとうとしかけた時に頭上に人の気配を感じた。
『早河仁くんだよね?』
端整な顔がこちらを見ていた。噂の転校生だ。
『お前……』
すぐには彼の名前が出てこない。早河が困惑しているのをよそに、彼は早河の隣に座る。
『君のクラスに転校してきた貴嶋佑聖《きじま ゆうせい》です。よろしく』
貴嶋は早河に片手を差し出した。この日本で今どき挨拶で握手を求める高校生はいないだろうと思いつつ、早河は起き上がって差し出された手を軽く握る。ひやりと冷たい手だった。
『こんなとこで何してるの?』
『見てわからねぇ? サボり。お前も?』
『まぁね』
貴嶋は図書館で借りた本を数冊抱えていた。表紙には旧約聖書と書かれている。旧約聖書と聞いてもキリスト教に関するものとしか早河には思い出せなかった。
『貴嶋って授業さぼるタイプだったんだ。意外だな』
『あれが授業ねぇ……』
貴嶋が笑った。それは教室にいる時には見せない少し皮肉の混ざった微笑だった。
英語の授業でも貴嶋は自分よりも一回り以上年上の英語教師が貴嶋の発音をべた褒めするのを彼は冷笑してかわしていた。
『お前狙われてるぞ』
『狙われてる?』
『廊下や階段にたむろしてる連中いるだろ。アイツらの次のターゲットはお前らしい』
『へぇ』
貴嶋は気にする素振りもなく空を見上げている。
『だから……気を付けろよ』
『ありがとう。早河くんは優しいね』
『別に……』
早河はまた寝転んだ。貴嶋も早河の真似をして隣に大の字に寝そべる。
『ここ、静かでいい場所だね。こうしてると日常の何もかもから解放された気分になるよ』
貴嶋は目を閉じて呟いた。高い鼻梁を持つ中性的な横顔は見るものを惹き付ける。
『お前って海外の血入ってる?』
『母親が日本とアメリカのハーフ。だから僕は純粋な日本人ではないよ』
『ああ……どうりで英語上手いもんな』
『あれくらいは日常会話だよ』
お互い口数は多くない。とつとつと交わされる会話が心地よかった。
それからは晴れた日には二人で屋上に出向き、時間を共有した。
早河の横で貴嶋は題名が小難しい本を読み、早河も友達に借りた漫画を読む。貴嶋は漫画に疎く、早河が読む漫画を興味津々に覗いていた。
何てことない二人で過ごす時が高校生の早河にはとても特別で大切な時間に思えた。
貴嶋は文武両道の言葉が似合う男だ。転校早々に行われた中間テストでは学年トップの地位を当然のようにモノにし、足の速さや運動神経の良さも誰よりも秀でていた。
貴嶋が目立てば目立つほど不良達の苛立ちは増す。彼から不良グループの話は聞いていないが、教師も手を焼く退学寸前の奴らがこのままおとなしくしているとも思えない。
屋上のコンクリートの上に寝転び青い空を見上げる。目を閉じた途端に眠気に襲われ、うとうとしかけた時に頭上に人の気配を感じた。
『早河仁くんだよね?』
端整な顔がこちらを見ていた。噂の転校生だ。
『お前……』
すぐには彼の名前が出てこない。早河が困惑しているのをよそに、彼は早河の隣に座る。
『君のクラスに転校してきた貴嶋佑聖《きじま ゆうせい》です。よろしく』
貴嶋は早河に片手を差し出した。この日本で今どき挨拶で握手を求める高校生はいないだろうと思いつつ、早河は起き上がって差し出された手を軽く握る。ひやりと冷たい手だった。
『こんなとこで何してるの?』
『見てわからねぇ? サボり。お前も?』
『まぁね』
貴嶋は図書館で借りた本を数冊抱えていた。表紙には旧約聖書と書かれている。旧約聖書と聞いてもキリスト教に関するものとしか早河には思い出せなかった。
『貴嶋って授業さぼるタイプだったんだ。意外だな』
『あれが授業ねぇ……』
貴嶋が笑った。それは教室にいる時には見せない少し皮肉の混ざった微笑だった。
英語の授業でも貴嶋は自分よりも一回り以上年上の英語教師が貴嶋の発音をべた褒めするのを彼は冷笑してかわしていた。
『お前狙われてるぞ』
『狙われてる?』
『廊下や階段にたむろしてる連中いるだろ。アイツらの次のターゲットはお前らしい』
『へぇ』
貴嶋は気にする素振りもなく空を見上げている。
『だから……気を付けろよ』
『ありがとう。早河くんは優しいね』
『別に……』
早河はまた寝転んだ。貴嶋も早河の真似をして隣に大の字に寝そべる。
『ここ、静かでいい場所だね。こうしてると日常の何もかもから解放された気分になるよ』
貴嶋は目を閉じて呟いた。高い鼻梁を持つ中性的な横顔は見るものを惹き付ける。
『お前って海外の血入ってる?』
『母親が日本とアメリカのハーフ。だから僕は純粋な日本人ではないよ』
『ああ……どうりで英語上手いもんな』
『あれくらいは日常会話だよ』
お互い口数は多くない。とつとつと交わされる会話が心地よかった。
それからは晴れた日には二人で屋上に出向き、時間を共有した。
早河の横で貴嶋は題名が小難しい本を読み、早河も友達に借りた漫画を読む。貴嶋は漫画に疎く、早河が読む漫画を興味津々に覗いていた。
何てことない二人で過ごす時が高校生の早河にはとても特別で大切な時間に思えた。
貴嶋は文武両道の言葉が似合う男だ。転校早々に行われた中間テストでは学年トップの地位を当然のようにモノにし、足の速さや運動神経の良さも誰よりも秀でていた。
貴嶋が目立てば目立つほど不良達の苛立ちは増す。彼から不良グループの話は聞いていないが、教師も手を焼く退学寸前の奴らがこのままおとなしくしているとも思えない。