早河シリーズ第一幕【影法師】
梅雨が最後の抵抗をするように7月に入ったばかりのその日は土砂降りの雨だった。朝は教室にいた貴嶋の姿が昼休みを過ぎてから見当たらない。
『仁、アイツらが貴嶋連れて裏門から出て行ったぞ』
同じクラスの友人の知らせに早河は本鈴が鳴る直前に教室を飛び出した。貴嶋が奴らにリンチされてめちゃくちゃに殴られると思った。
傘を差さず、雨に濡れるのもかまわずとにかく貴嶋を助けないと……その思いから雨が打ち付けるアスファルトを無我夢中で走った。
奴らがリンチに使いそうな場所は見当がつく。早河は学校近くの公園に向かった。
公園に到着して乱れた呼吸を整える。制服のシャツや髪は雨で湿り気を帯び、濡れた前髪から落ちる水滴が目に入って痛かった。
雨のカーテン越しに複数の人影が見える。早河は目の前の光景に愕然とした。
(どうなってるんだ?)
地面に倒れている男達と周りに散乱する金属バッド。唯一、かろうじて立っている早河と同じ制服を着た男子生徒は青ざめた顔で金属バッドを握り締めていた。
平然と立つ貴嶋に向けて男子生徒がバッドを振り下ろした。貴嶋は優雅な身のこなしでバッドを避けて相手の腹部に拳を撃ち込む。
男子生徒は唸り声をあげ、ぬかるんだ地面に倒れ伏して動かなくなった。
雨の中で立っているのは貴嶋ひとり。彼は自分の周りで倒れている同級生達を冷たい目で見下ろしていた。
『……あれ? 早河くんどうしたの?』
貴嶋はしれっとした表情を早河に向けた。口では驚いたフリをしていても早河が公園に来ていたことはとうに気付いている様子だ。
倒れて雨に打たれている同級生達は苦しげに喘いでいるのに貴嶋は息切れすらしていない。
『コイツら全部お前がやったのか?』
『うん』
彼は曖昧に笑って、濡れた地面に散らばる金属バッドを足で転がして遊んでいた。
『お前って喧嘩強かったんだな』
『暴力は好きではないよ。ただこれでも一通りの武術は取得しているんだ。合気道や空手とかね』
身体の線が細い貴嶋と格闘技が結び付かない。日頃の授業で貴嶋の運動神経の良さは知っていたがまさか武術の心得があるとは思わなかった。
『もしかして僕を心配して来てくれた?』
『お前がボコボコにされるんじゃないかと思って……取り越し苦労だったな』
こんなことなら焦って駆け付けなくても大丈夫だったと、要らぬ心配をした自分を恥じた。
『ありがとう。君の気持ちが僕は嬉しかったよ』
貴嶋は濡れた髪を掻き上げて穏やかに微笑んだ。
その日以降、不良グループが貴嶋に近付くことは一度もなかった。
『仁、アイツらが貴嶋連れて裏門から出て行ったぞ』
同じクラスの友人の知らせに早河は本鈴が鳴る直前に教室を飛び出した。貴嶋が奴らにリンチされてめちゃくちゃに殴られると思った。
傘を差さず、雨に濡れるのもかまわずとにかく貴嶋を助けないと……その思いから雨が打ち付けるアスファルトを無我夢中で走った。
奴らがリンチに使いそうな場所は見当がつく。早河は学校近くの公園に向かった。
公園に到着して乱れた呼吸を整える。制服のシャツや髪は雨で湿り気を帯び、濡れた前髪から落ちる水滴が目に入って痛かった。
雨のカーテン越しに複数の人影が見える。早河は目の前の光景に愕然とした。
(どうなってるんだ?)
地面に倒れている男達と周りに散乱する金属バッド。唯一、かろうじて立っている早河と同じ制服を着た男子生徒は青ざめた顔で金属バッドを握り締めていた。
平然と立つ貴嶋に向けて男子生徒がバッドを振り下ろした。貴嶋は優雅な身のこなしでバッドを避けて相手の腹部に拳を撃ち込む。
男子生徒は唸り声をあげ、ぬかるんだ地面に倒れ伏して動かなくなった。
雨の中で立っているのは貴嶋ひとり。彼は自分の周りで倒れている同級生達を冷たい目で見下ろしていた。
『……あれ? 早河くんどうしたの?』
貴嶋はしれっとした表情を早河に向けた。口では驚いたフリをしていても早河が公園に来ていたことはとうに気付いている様子だ。
倒れて雨に打たれている同級生達は苦しげに喘いでいるのに貴嶋は息切れすらしていない。
『コイツら全部お前がやったのか?』
『うん』
彼は曖昧に笑って、濡れた地面に散らばる金属バッドを足で転がして遊んでいた。
『お前って喧嘩強かったんだな』
『暴力は好きではないよ。ただこれでも一通りの武術は取得しているんだ。合気道や空手とかね』
身体の線が細い貴嶋と格闘技が結び付かない。日頃の授業で貴嶋の運動神経の良さは知っていたがまさか武術の心得があるとは思わなかった。
『もしかして僕を心配して来てくれた?』
『お前がボコボコにされるんじゃないかと思って……取り越し苦労だったな』
こんなことなら焦って駆け付けなくても大丈夫だったと、要らぬ心配をした自分を恥じた。
『ありがとう。君の気持ちが僕は嬉しかったよ』
貴嶋は濡れた髪を掻き上げて穏やかに微笑んだ。
その日以降、不良グループが貴嶋に近付くことは一度もなかった。