早河シリーズ第一幕【影法師】
早河は自転車通学、貴嶋は徒歩で通学していた。自転車をひく早河の隣を貴嶋は悠々と歩く。歩いているだけで汗が滲む暑い午後だ。木々に潜む蝉達が夏にしか聴けない歌声を奏でていた。
貴嶋がどこに住んでいるか聞いたことはない。電車で通学している様子もなく、自宅が高校から徒歩圏内であるらしいとしかわからない。自宅の電話番号も知らない。
自分達は互いの自宅を行き来したり電話をかけあったりするようなベタベタとした友人関係ではない。彼の家や電話番号を知らなくても早河に不都合はなかった。
『ねぇ早河くん。この世に神はいると思う?』
突然そんなことを言い出した貴嶋の表情は夏の日差しが逆光になって見えなかった。
『さぁな。お前はどう思うんだ?』
『僕は……そうだね。もしも本当に神なんてものがいるのなら……』
貴嶋がそう言った瞬間、蝉達は大合唱を止めた。まるで貴嶋が今から言おうとしている言葉を待つようにほんの一時の静寂が二人を包む。
『神とは残酷なお方だ。人が人を殺すのを黙って見ているのだから』
生暖かい風が吹き、木々がざわめいた。厚い雲が太陽を隠して闇が訪れる。
雲が太陽から離れ、再び照りつける日差しが眩しくて早河は思わず目を伏せた。
蝉達の賑やかな歌声が再開する。
『さようなら』
貴嶋は早河に背を向けていつもの調子で別れの挨拶を言う。
『また明日な』
早河は貴嶋に手を振った。貴嶋は早河に手を振り返して分かれ道を歩いていく。並んで歩いていた影法師が離れていった。
また明日……そう言って別れた貴嶋は“明日”にはいなかった。翌日の夏期講習を貴嶋は欠席した。